
25年4月にスタートしたこの連載では、銘酒「十四代」が世に出て以来、与えてきた影響について、後輩蔵元や酒販店、飲食店の物語を25回にわたって紹介してきた。最終回は、十五代目・高木顕統(あきつな)さん(2023年に辰五郎を襲名)に、デビューして三十余年の歩みを振り返ってもらいながら、現在と将来への思いを聞いた。
淡麗辛口の酒が流行していた94年、芳醇旨口という斬新な味わいと、蔵の若い跡取りが自ら造ったという話題性で、衝撃のデビューを果たした「十四代」。だが、日本酒の味がバラエティー豊かになった現代では、芳醇旨口の酒は特別のものではなくなり、革命的と言われた蔵元杜氏というスタイルも、今ではスタンダードとなった。
それでもなお、十四代の人気は衰えることを知らない。
日本酒は嗜好品だ。十四代の味を好まないという人も、人気を疑う人もいるだろう。だが、六本木で開催されるCRAFT SAKE WEEKや、明治記念館で開かれる酒人好の会(東京・町田の「酒舗まさるや」主催)など、毎年「十四代」が出展される酒のイベントで、グラス一杯の酒を味わうために並ぶ人々の行列の長さを見れば、その人気ぶりは一目瞭然だ。全国53軒の特約店ではノーマル価格で販売されているが、購入希望者は数多で、公平を期するために抽選や会員制販売にする店も多く、入手は簡単ではない。インターネットを開けば、転売ヤーのサイトやオークションサイトで驚くほどのプレミア価格で販売されているのを目にするだろう。行列しても、プレミア付き価格でも飲みたい垂涎の酒として存在感を放っているのだ。
存在感の大きさは、蔵元の高木さんも同様である。
「高木さんは特別なオーラを発しているように感じる。蔵元が集まる会などで、高木さんが歩くと蔵元たちがパッと道を空けて、まるでモーゼが海を分けた伝説みたいだった」と「王祿」(島根県)蔵元杜氏の石原丈径さんは、尊敬の眼差しで話す。
デビューから30年以上、なぜ、十四代はトップを走り続けることができるのか。

その秘密を探りに、2026年3月、約2年ぶりに高木酒造を訪ねた。仕込み蔵に足を踏み入れると、蒸し米の甘い香りが鼻をくすぐった。2年前とはどことなく香りが違うような……。
「いい香りでしょ。甑(こしき、米を蒸す道具)を改造したんです」と、会心の笑みを浮かべる高木辰五郎さん。この甑は十四代目蔵元の先代が考案し、その後も改良を重ねて来たスグレモノと聞いていたが、近年の気候変動によって、改造する必要を感じたと言う。
近年の夏の高温で米が硬くなり、蒸し米が思うようにいかず、麹造りにも支障が出ている、と全国の蔵元から耳にする。高木さんは、高温障害で硬くなった米に対応するために、米を蒸す前の吸水歩合を上げてみたり、麹の造り方を変えたり、様々な試行錯誤を繰り返してきたが、納得できなかったという。今年度から甑の蒸気の出方や断熱方法を変えてみたところ、蒸し具合も、麹も、満足のいく出来になったそうだ。
次に、蒸し上がった米を適温に冷ます“放冷”工程を見学すると、あれ?いつもと様子が違う。
米を冷ますには、ベルトコンベア式の大型の放冷機を使う蔵が多い。だが、「回転するクラッシャーに米が付着して傷んだり、粘りが出てしまうことを避けたい。なにより米はなるべく小分けにして、人の手で丁寧に冷ましたい」と高木さんは考える。そこで、初めて蔵を訪れた25年前から床に布を敷いた上で自然放冷する光景を見て来たのだが、今年は蒸し米がX型の木製の脚の上に載っているのだ。
「気が付きました? ふふふ、この“X(エックス)”いいでしょう?『みむろ杉』(奈良県)と『而今(じこん)』(三重県)の蔵で見て、パクったんです」。
「而今」蔵元杜氏の大西唯克さんに聞いてみると、「みむろ杉の今西君はボクのパクリ。僕は大工さんのパクリ。大工さんが折り畳み式の脚に、板を載せて作業台にしているのを見て、これは使える!と閃いて、頭(かしら)の舞野に造ってもらったんです。蒸し米を台に載せると、米を広げる作業のときに腰が楽だし、地面から離したほうが衛生管理の意味でもいい。高木さんはご覧になって察したのでしょう。『この“X”、どこで売ってるの?』と脚にお茶目な名前を付けて質問をされたので、スタッフが造りましたと答えたのですが、早速、導入したのですね」と、尊敬する大先輩に真似されたことが嬉しそうだった。


麹室に入ると、ここも様子が違う。以前はなかった木製の大きな箱が数個並んでいたのだ。
麹は、床(とこ)で24時間、その後、木製の麹箱へ(大吟醸クラスの場合は1.6kg盛の小さな麹蓋へ)移して、48時間~50時間をかけて育成することは、ここ数年変えていないという。だが、今年度から麹箱は2種類のサイズを使い、初めの6時間は以前から使う8kg盛りの中箱(高木さんが自分で持てるサイズとして特注)、そのあとに、新規に特注した30kg盛れる大箱で20時間育成しているのだという。
「設定より温度が上がるとセンサーが感知して送風のスイッチが入り、設定より下がると電球が付いて温度が上がるしくみで、僕がアイデアを出してメーカーに特注したんです。導入したばかりですが、栗のような香りの麹ができる。いい感じです。少しでもお酒を良くしたいという一心で、酒の改善に繋がると思った設備や道具は貪欲に取り入れていますが、単に導入するだけでは意味がありません。自分流に改良して、使いこなさないとね」。

毎年更新しているのは、設備だけではない。
たとえば米。デビュー2年目に一升2,000円を切るコスパの良さで業界に激震が走った「本丸」(当初は本醸造)は美山錦を使っていたが、毎年、様々な米を試していくうちに、麹米には山田錦、掛米には愛山がベストだと、大吟醸に使うような高価な米に変えている。このほか、酵母の選択、吸水や蒸し、麹造り、もろみ管理の方法、小さな道具やスタッフのユニフォームに至るまで、あらゆることを毎年見直し。固定観念にも囚われることなく、思い切った変更をしてきたという。
「今年うまくいったから、それでいいとは考えません。さらに上があるはずだと考える。めざすのは常に頂(いただき)です。負けず嫌いなんですよ」と高木さん。どれだけ人気が高くても、決して守りには入らず、攻め続けているのだ。
今期の酒造りは、初洗い(初めて洗米を行なうこと)の25年9月15日から、皆造(かいぞう・その期の酒を造り終えること)の26年4月25日まで。タンクの数で130本を仕込んだ。酒造りが終わっても“休み”ではない。来期の酒造りのための設備投資や、酒造り、社員の福利厚生などについて考える時期になる。
「造り始めたら計画に従ってひたすら走るだけですが、酒造りをしていない夏の期間は考えることがたくさんある。悩みが多い時期です。でも工夫することは大好きで、至福の時でもある。僕は24時間、365日、酒造りのことだけを考えていたいんです」。
高木さんの酒の進化について、機会があるごとに「十四代」を飲んで、味の確認を続けているという「宝剣」蔵元杜氏の土井鉄也さんは、「甘みのある酒はダレてしまいがちなのに、十四代は見事なバランスを保っている。ひれ伏したくなるほどの完成度で、しかも、年々変化し、進化させていることが伝わってくる。高木さんはスーパースターなのに、さらに上を目指している」と、十四代を飲んで、自分に喝を入れていると言う(連載第19、20回で物語を紹介)。
「十四代」純米吟醸 雄町を飲んで、畏怖を感じるほどのショックを受け、酒造りの道を歩んだ「荷札酒」の田中悠一さんは、「少しでも十四代に近づけたかなと思って飲んでみると、はるかかなたの存在だとわかって打ちのめされてしまいます。十四代の凄さは、さまざまな味が複層的に存在し、それが奇跡のようなバランスで調和しているところ。しかも毎年、変化させている。高木さんが、自分の信じる旨さに真剣に向き合い、果敢にチャレンジしていることが伝わって、胸が熱くなるんです」(連載第21、22回で物語を紹介)。
「人の心は移り気なもの。嗜好品で、30年以上も人気が衰えないのは奇跡です。初年度の中取り純米は僕の心に響かなかったけれど、30年後の2024年に出してきた中取り純米は旨くてぶっ飛んだよ。すさまじい努力をして、進化させてきたからこそ、30年間トップでいられる。十四代は信頼のブランドであり、アキ(高木さんの幼名・顕統あきつなの愛称)は男が惚れる男」と「はせがわ酒店」長谷川浩一さんは慈愛に満ちた表情で語った(連載第12回で物語を紹介)。

一方で、変えていないこともある。
たとえば、築265年を経た1号蔵の酒母室。脚を踏みいれると、ラ・フランスやライチのような香りに包まれた。ああ、この香り! “十四代香”とでも呼びたい特有の清々しい香りだ。
「香りは酵母選びによるものですが、落下菌の影響もある。先祖代々使われてきた酒母室は高木家の宝物。変えるつもりはありません」。
緻密な酒造りのために、自分が目の届く範囲の製造量に抑えてきた。増産を願う声が挙がっているのは知っているが、今後も増やすつもりはないという。
「豪雪地帯の特性を生かし、なるべく寒い時期に集中して酒造りをしたい。“寒造り”はゆっくりと発酵が進み、きめこまかい酒質になります。結果的にお客様の信頼に応えることができる。先祖が村山で酒造りを始めてくれたことに感謝しています」。
出羽三山の一つに数えられることもある葉山の伏流水を使って、ここ村山の地で納得する酒を造り続けること。それが高木さんの不変で、揺るぎない思いなのだ。

めざす酒の味のイメージも、デビュー以来、変わっていない。
あっさりした淡麗辛口酒が流行していた93年当時、高木さんがめざしたのは、子供の頃、酒蔵に漂っていた甘い蒸し米の香りや、ご飯を噛んだ時に感じる甘味、旨味を酒として表現すること。その思いは、今も不変だと言う。
「米の旨味を表現するという基本は変えずに、思い切った挑戦もしています。でも、微生物相手なので、なかなか狙った通りにはならない。たくさんの失敗もしたけれど、失敗するたびに悩み、反省し、調整する。毎年、その繰り返しです」。
高木さんの言う失敗作とはどんな酒を指しているのだろう。
「酒として失敗ということではなく、例えるなら『メロンをめざしていたのに、ブドウになっちゃった』という感じかな。近年は、狙いを大きく外すことはなくなったので、そこまでの大きな差ではなく、『マスクメロンを目指したのが夕張メロンになった』と言った方がいいかもしれませんね。社員たちは美味しいです!なんて絶賛するし、お客様には感じないぐらいのわずかな違いかもしれません。でも、僕がイメージする十四代の味ではない酒は、“失敗”なんです」。
米が持つ旨味や甘みの表現というテーマと“十四代らしさ”を、譲ることない範囲で、果敢に挑戦を繰り返してきた結果、30年というスパンで見れば大きく変化してきたという。鮮烈なデビューを飾った「中取り純米 無濾過生」を、もし今、飲むことができたら「今年の十四代よりゴツくて太い酒だという印象を受けるはず」と言う。アルコール度数に関しては、中取り純米無濾過生は18度近くあったのが、毎年、少しずつ下げて、いまは原酒で14度台に。香りも穏やかになり、生酒は冬だけの限定になっている。
「度数は流行だから下げたのではなく、あくまでも自分が旨いと感じる度数にしただけ。生酒を冬季限定にしたのは、温度が高いと風味が変わりやすいという保存面の問題もありますが、“搾りたて”という古(いにしえ)から親しまれてきた季節の味を大切にしたいことと、歳を重ねて僕が火入れの落ち着いた酒が好きになってきたから。味や香りも同様、その時々に自分が納得できる美味さを追求してきた結果です。自分が納得できる旨い酒を造れば、お客様も絶対に喜んでくれると信じています」。
改めて、現在、高木さんが目指す味を問うてみると、
「米の甘味や旨味は追求しつつ、スマートだけど痩せぎすではなく、艶があって、たおやかで。日本酒の入口になり、究極でもある酒」と答えた。
頭に描くイメージを酒として表現できる、卓越した技術。造った酒を冷静に評価できる、幼少期に祖父からの英才教育で身に着けた並外れた味覚。なにより頂をめざそうとする情熱が、三十余年トップを走り続けるパワーの源なのだろう。

“蔵元杜氏”の先駆けと言われ、後輩蔵元たちに多大な影響を及ぼしてきた高木さん。だが本人は、「杜氏とは長い経験を経て到達できる偉大な称号」と、「杜氏」に対して敬意を表し、デビュー以来「製造責任者」と自称してきた。自らを初めて杜氏と名乗ったのは2023年。「造り始めて30年目、ようやく自信を持って杜氏と名乗れます」と晴れやかな顔で語った。
十四代目であった父の他界に伴い、2023年4月に当主の名跡を襲名。十五代蔵元・高木辰五郎となったあとも、現場に立って、酒造りを陣頭指揮している。だが、かつてのように昼夜問わず、麹室に泊まり込んで作業をするようなことは避けている。
2012年の夏に自宅で倒れて一時心肺停止し、緊急入院。奇跡的な回復をして、後遺症は残っていないが、無理はできなくなった。社員の負担が大きくなることに心を痛めたが、その年の酒は国内の主な賞を総なめにした。“和醸良酒”の真の意味に気がつき、ようやく作業は社員に任せられるようになったという。
高木さんの酒造業界への貢献は測り知れないほど大きい。だが、高木さんは、自分一人の功績ではないと言う。
「創業して410年。その間、様々な困難にあっても先祖たちが家業を守り続けてくれた。そのなかで、たまたま十五代目の僕の代で日の目を見ただけです。三十余年、大好きな酒造りだけに打ち込むことができた僕は幸せ者です。今あるのは、未熟な僕を応援し、家に泊めてくれたり、お酒を試飲させてくれた酒販店や飲食店の方々、支えてくれる社員たちや家族がいるから。共に頂をめざす焼酎蔵の西(連載第17、18回で物語を紹介)や酒販店『泉屋』の広隆(第5、6、25回)と言う戦友にも出会えた。すべての縁に感謝したい。さらに改良を重ね、建物や設備においても先送りすることはせず、万全な形で次世代に繋いでいくことに力を注ぎたい。跡を継ぐ十六代目には、自分の味を存分に突き詰めていって欲しいと願っています」。
今春の訪問の最後を、十五代目は、歴史ある家業を背負う責任と誇りが伝わる言葉で締めくくった。(完)

高木酒造
【住所】山形県村山市富並1826
【電話番号】0237‐57‐2131
※1年2カ月にわたるご高覧、ありがとうございました。バックナンバーもご覧になれます。
※文中の高木さんのお名前の漢字「高」は、正しくは“はしごだか”です。ブラウザ上で正しく表示されない可能性があるために「高」と表示しています。会社名は「高木酒造」です。
文:山同敦子 撮影:たかはしじゅんいち(トップ画像ほか)、山同敦子