
発売中のdancyu夏号「夏はガツンと肉中華」特集では、思わず息を呑むような美しさと、名店ならではの繊細で奥行きのある味わいが魅力的な“超絶技巧中華”を紹介!東京を代表する2軒の中国料理店に、レシピを教わりました。二品目は、本誌でも数度レシピを披露してくれた外苑前「慈華」の“文思豆腐”です。
思わず息を呑む繊細な美しさ。透明感のあるスープに端正な渦描いて浮かぶのは、まるで絹糸のように細く精緻にせん切りされた絹ごし豆腐。見た目の優美さ同様、その味わいも滋味深く淡麗。この心を揺さぶる佳品が「文思豆腐」(ウェンシィドウフ)、江蘇省揚州の名菜の一つだ。
約300年も前に誕生したとされ、美食家として知られた清朝最盛期の皇帝・乾隆帝が、その清淡にして繊細な味を好んだところから満漢全席の献立にも加えられたという逸話も残る名品だ。ちなみに文思とは、この料理を考案したとされる江蘇省天寧寺の文思和尚の名にちなんでいる。その伝統の味を今に伝える料理人の一人が田村亮介氏。本誌でもおなじみの青山「慈華」のオーナーシェフだ。

田村シェフによれば、「文思豆腐を初めて口にしたのは、今から20年ほど前。台湾での修業時代だった」そうで、神業のような豆腐の細やかさに驚くとともに、躍動的な料理が多い中国料理にもこうした“静”の料理があることに深く感銘を受けたという。その後、本場揚州にまで足を運び、文思豆腐を食べ歩いたものの「実際に手切りにしたものとは出会えませんでした」。それならば、と文献や舌の記憶を頼りに再現したというわけだ。
一瞬たじろぐ細かさだが、達成したときの昂揚感とその美味しさを思えばチャレンジしてみる価値は大! 大切なのは豆腐をカットするときのリズム感。そして絶えず水で濡らしつつ、包丁の重さで切ることだ。元は精進料理ゆえ、オリジナルの清湯は動物性食材を使わず干し椎茸などで旨味をつけていたそうだが、田村シェフは鶏と豚挽き肉のだしをベースに金華ハムや干し貝柱で旨味を補強。「淡白な豆腐を支える影の立役者がスープ」と、レストランにふさわしい奥行きのある味わいに昇華させている。スープと豆腐を繋ぐわずかなとろみ加減も絶妙。すべてが一体となって喉元をすり抜けていく。

まさに唯一無二。味わうほどに、真の美味とは贅沢な素材を多用した豪奢な料理ばかりではないことに気づかされる。どこにでもある日常的な食材を使いながらも、卓越した技と信念でつくり上げるシンプルな一皿にこそ、料理の品格は宿るものなのだろう。
| 絹ごし豆腐 | 1/2丁(200g) |
|---|---|
| 金華ハム | 10g(*1) |
| 干し貝柱 | 1個(*2) |
| 塩 | ひとつまみ |
| 清湯 | 500ml(下記参照) |
| 水溶き片栗粉 | 大さじ2(*3) |
| ねぎ油 | 適量(*4) |
| ★ 清湯 | つくりやすい分量(※写真は4倍量) |
| 鶏挽き肉…375g 豚挽き肉 | 125g |
| 紹興酒 | 12ml |
| 長ねぎ | 1本分(青い部分) |
| 生姜 | 1片 |
| 水 | 2L |
*1 ない場合は、塩味の強くない生ハムで代用可。
*2 5倍量の水に入れて一日置く。店では調理する前に1~1時間30分ほど蒸す。
*3 水と片栗粉を1対1で合わせておく。
*4 胡麻油(白)250gに長ねぎ(青い部分、3cm幅に切る)80gを入れ、弱火で20分加熱し風味を移す。市販品でもOK。
ボウルに鶏と豚の挽き肉を入れ、ほんの少しずつ水を加えながら練るようにして混ぜていく。一度にたくさん水を入れると挽き肉が細かくほぐれず、エキスが出にくくなるので気をつけたい。

くっついている挽き肉を、手で一粒一粒ほぐすような感覚で練り混ぜながら水を足していく。ある程度まで挽き肉がほぐれてきたら、加える水の量を増やしていく。このときも絶えず混ぜていくこと。だんだんタプタプとした感触になってくる。

挽き肉がサラサラになり十分にほぐれたら、残りの水もすべて加える。この時点でドロッとした液体状になっている。紹興酒を加え、鍋に移して火にかける。

沸いてくるまでは強火で。鍋の縁などについた挽き肉は焦げやすいので、こそぐ。底も焦げつきやすいので、底からすくい上げるようにしっかりと混ぜ、常に対流させておく。

沸いてきたら中火にし、アクや脂分をすくいながらさらに煮込む。挽き肉のクリアな旨味を抽出するイメージ。

挽き肉が浮いてきて、スープが見えるようになってきたら、ねぎと生姜を加える。挽き肉でスープに蓋をしてしまわないように、時折軽く混ぜて散らしながら加熱する。表面に蓋がされるとスープが濁ってしまうからだ。このとき、スープの表面がふつふつと静かに泡立つくらいの火加減もポイント。

1時間ほど静かに煮込み、スープが澄んでくればOKだ。漉し網にキッチンペーパーなどを敷き、静かに漉す。「残った肉はまかないです。肉味噌にも、ハンバーグにも、キーマカレーにも使えますよ」と田村さん。
豆腐は、まず端をカットして包丁の長さに切り揃える。次に横半分に切り、高さを低くする。高いまま切ると崩れやすいからだ。

⑧の豆腐の片方を、約1mmにスライスしていく。そのために包丁と豆腐を水で濡らしておくこと。こうすることで、包丁に豆腐がつきにくくなり、崩さずにスライスしやすくなる。

蕎麦切りのように手を少しずつずらしながら切っていく。時折、包丁と豆腐を水で濡らすことを忘れずに。また、切る際は、慎重にしつつも思い切りが大切。恐る恐る切るとかえって崩れやすい。

薄切りが終わったら、なるべく平らに揃えていく。こうすることで、より切りやすくなる。いよいよ細切りに。こちらも1mmを目安に、慎重かつ大胆に切っていく。包丁の重さで切るような感覚で行なうと疲れない。

切った豆腐は水を張ったボウルに入れておく。同じように、もう片方の豆腐を切っていく。ここからの作業はすべて慎重に、丁寧にを心がける。

戻しておいた干し貝柱はほぐし、金華ハムは豆腐と同じ細さに切っておく。

⑦の清湯を中火にかけ、⑬と塩を入れてスープをつくる。
沸いてきたら弱火にし、1分ほど煮る。味をみて、足りなければ塩を入れ、調整する。この後、とろみをつけて豆腐を入れるので、気持ち塩を強めにしておくとよい。
火を少し強め、スープをゆっくりと混ぜながら水溶き片栗粉を少しずつ入れ、とろみをつける。豆腐から水分が出ることも計算して、少し強めにとろみをつけておく。十分にとろみがついたら、火を止める。

⑫の豆腐を漉し網にあけ、水気を十分にきった後、優しく湯(材料外)をかけて豆腐臭さを抜く。

湯をしっかりときり、漉し網からスープにすべり入れ、箸で優しく円を描くようにほぐす。中火にかけ、沸いたら火を止める。香りづけに、ねぎ油を回しかける。碗に盛り、箸で優しく渦を描くように静かに混ぜる。


文:森脇慶子 撮影:合田昌弘