ラマダン月が終わると、ムスリムはイードを迎える。イードとは、ラマダンの終了を祝うイスラム教最大の祝祭。埼玉は八潮のパキスタン人たちに愛される地域の一番店「カラチの空」で、イードの3日間だけ味わえる特別なご馳走とは?
長い長いラマダン月が終わると、ムスリムは待ちに待ったイードを迎える。イードとは、ラマダンの終了を祝うお祭りのこと。厳密にいえば、イードは年に2度あり、もう一方は、イスラム暦の12月(ズー・アル・ヒッジャ)の巡礼後に行なわれる「犠牲祭」を指す。
今回は、ラマダン後のイードの食事会に参加するため、以前この連載でお世話になった埼玉は八潮のパキスタン料理のレストラン「カラチの空」を再訪することとなった。
店主のザヒット・ジャベイドさんは、私にとって尊敬すべきパキスタン人である。
ザビットさんは「慈愛の人」だ。故郷のパキスタンへの思いは熱く、深く、同じように日本や日本人に対しても、常に敬意を表している。八潮のパキスタン人と日本人が仲良く暮らせるようにいつも心を配っている、という話を教えてもらったこともあった。
困っている人がいれば、手を差し伸べる。前にも紹介したが、東日本大震災が起こったとき、外国人が一斉に帰国する中で、ザヒットさんと仲間は福島県広野町に炊き出しに行き、大勢の被災者にカレーを振る舞った。町長から授与された感謝状を店内の壁に見つけたときは、目頭が熱くなった。
ザヒットさんに、イードとはどのようなお祭りなのかを聞いた。
「日本のお正月に似ています。ラマダンを終えた翌朝、パキスタン人はデーツ、またはシールコルマを食べるんです。シールコルマはセヴィアンという、そうめん状の細い乾麺を使ったパキスタンの甘いお菓子。私のお店でもお出ししています。これでお腹を慣らしてから、イードの特別礼拝に出かけます。礼拝を終えたら、そのまま家族や仲間とともに外食へ。夜まではしごすることもあるんですよ(笑)」
子どもたちには、お小遣いをたっぷり与えるそうだ。
「断食中は、子どもたちも大人に気を使って、いろいろと我慢しているからね。私の10歳の娘も今年は6回、断食しました。お小遣いは、ご褒美みたいなものだね」
イードの3日間は学校や役所、会社も休み。洋服やバッグ、靴などあらゆるものを新調して、おめかしして、おいしいものを食べるそうだ。
「今日、私が履いているのも、この日のために用意したんだよ(笑)」と、ザヒットさんがピカピカのサンダルを見せてくれた。
「お金はかかるけれど、ムスリムはこの日を楽しみにしているんです」
ところで、イードのときに食べるおいしいものって、どんな料理?
「日本のお節料理のような特別な料理です。肉や野菜、米などをたっぷり使った豪華な料理です」
「カラチの空」では、ザヒットさんがオーナーに就任した2010年から、イードの期間に特別メニューを提供しているという。
「八潮でイードの食事を出すお店が1軒もなかったんです。イードのメニューを食べると、遠い故郷を思い出し、まるでパキスタンにいるような懐かしい気持ちになれるんです」
日本で頑張って暮らしているパキスタン人が喜ぶことをしたかった、とザヒットさんは言う。今年は6月5日の初日に、なんと200名もの客が訪れたそうだ。
「パキスタン人や日本人など、たくさんお客さんが朝から晩までひっきりなしに来てくれて。と~っても忙しかったよ(笑)」
特別メニューはおもにバーベキューとカレーで、全部で19品。このうち15品はイードのときにしか食べられないメニューだという。
全メニューを食べてみたかったが、取材チーム3名には多すぎるので、9品に絞って注文した。それでも十分多いのだが……。
皿いっぱいの“プラオ”や太い骨がついたままの肉など、豪快な料理がテーブルを埋め尽くす。
「骨付きの肉はナイフとフォークを使わずに、手で持ってムシャムシャ食べるのが美味しいよ」と、ザヒットさんがジェスチャー付きで教えてくれる。
「特にジョイントはレアなメニュー。私の大好物ですよ」
ジョイントとはヤギの下肢を焼いた“スティームマトン”のこと。マトンの筋肉をじっくり煮込んだ“マトンクンナ”、お祝いの時に食べる“シンディビリヤニ”など、ほかでは食べられない珍しい料理を堪能することができた。
お土産に、と渡してくれたのは、“ハルワ”というパキスタンの定番スイーツ。パスタの原料でもあるセモリナ粉を使ったお菓子で、お客さんに無料でわけているそうだ。
「イードは、お祭りであるのと同時に、家族や親せき、友人たちと過ごす大切な時間、食べることで人と人とのつながりを再認識する時間です。ムスリムであっても、そうでなくても、ここに集まる人は皆、家族のようなもの」
おいしい料理で絆が深まれば、こんな幸せなことはない、とザヒットさんは笑った。
――おわり。
文:佐々木香織 写真:阪本勇