日の出から日没まで断食し、日没後に500人ものムスリムが参加する食事会「イフタール」に参加した。大勢の知らない人同士が集まって、同じ料理を味わうことは、もしかしたら奇跡に近いことなのかもしれない。
「東京ジャーミィ」広報担当の下山茂さんによれば、今宵のイフタール参加者は500名にのぼるそうだ。ムスリムだけでなく、あらかじめ申し込んでいたノンムスリムも訪れていた。
「危うく料理がなくなるところだったよ(笑)。実際に足りなくなることもあるからね」
会場には参加者全員が座れるほど椅子がないので、食べ終わった人は席を立ち、互いに譲り合う。
それにしても、こんなにも大勢の人と同じ場所で、同じ料理を食べるのは、いつぶりのことだろうか。中学時代の給食?いやいや、修学旅行で泊まった奈良の旅館だったかな。大人になってからはどうだろうか。大箱の居酒屋やレストランで食事をすることはあっても、そこにいる人全員が同じものを食べることなどあり得ない。結婚披露宴や法事など、セレモニーの食事とも意味合いが違うし……。
そんなことを考えていると、今、この瞬間が「奇跡」のように感じるのだ。
知らない者同士が、同じ場所で、同じものを味わうことを、奇跡と呼ばずして何と呼ぶのか。
「どんどん隣の人に話しかけなさいね」。下山さんが背中を押す。
「困ったら、こう言うの。『アッサラーム アレイクム』。あなたの上に平安がありますように、ってね。もし、相手から言われたら『アレイクム サラーム』と返せばいいよ。ムスリムと打ち解けられる魔法の言葉だよ」
今夜は予定外のコンサートまで突如始まり、会場はお祭りのように盛り上がっている。
東京ジャーミイの創設者のひとりであるギュレチ・セリムさんが管弦楽団を引き連れて、トルコの伝統音楽を聞かせてくれたのだ。
「音楽を聴きながらおいしいイフタールをいただけるなんて、今日は素敵な日!」
インドネシアの女性が、少し興奮気味に嬉しそうに話しかけてきた。私も彼女と一緒に、音楽に合わせて手拍子を打つ。
「あなた、ムスリムなの?」と女性。
「いいえ。でも、今日1日断食をしました」と答えると、晴れやかな笑顔で「おめでとう」と返してくれた。
「食事は社会的な行為。一緒に食べること、『共食』こそが、最高の味つけです。一緒に食べれば喜びは倍になり、悲しみは半分になる。人と人との絆を教えてくれるのがラマダンであり、イフタールなんです」
下山さんの言葉を反芻する。
ラマダンは苦行ではなく、喜びなんだな。
たった1日の体験だったが、ほんの少しだけムスリムに近づけたような、気がした。
――つづく。
文:佐々木香織 写真:阪本勇