
暑いからこそ、パンチの利いたものが食べたくなる! 発売中の「dancyu」夏号では、旨くて辛くて香りがよくて、思わずお腹が鳴るような肉たっぷりの中華を特集しています。今回はその中から、2種の自家製辣油を使った特製だれがからむ、「一凛」の代名詞ともいえるよだれ鶏のレシピをご紹介します。
「東京チャイニーズ一凛」のよだれ鶏は手がかかる。何しろ毎日、この品のためだけに、名鶏の誉高い兵庫丹波産の高坂鶏(たかさかどり)が届くのだ。それも内臓入りの丸屠体。この日届いたのは4kgの超大物だった。現物を見た料理長の加藤佳佑シェフは「デカッ。これは2時間半コースですね」と苦笑した。
「よだれ鶏をしっとり、ジューシーに仕上げるには、骨付きの丸鶏にじんわり火を入れるに限ります。骨付きの肉は身縮みせず、繊細な口当たりに仕上がる。2kgなら1時間程度ですが、この大きさはさらに時間がかかる。でもこの型でないと出ない味があります」
店では、丸鶏から内臓を抜き、中をきれいに洗う。鶏肉を室温に戻し、ごく弱火でゆで上げる。そのゆで時間が「2時間半コース」なのだ。
工程のすべてに意味と理由がある。首までつかった寸胴鍋から引き上げた丸鶏は氷水で締める。骨の際まで熱が伝わった肉は、湯から引き上げただけでは余熱で加熱が進んでしまうからだ。急冷する間に、鶏肉の漬け地をつくる。丸鶏をゆでたスープに香味野菜を加えて沸かしたらアクを取り、こちらも急冷する。漬け込んで保存する以上、一度沸騰させる必要があるのだ。
そうして迎える入刀の儀。背中にスッと包丁を入れ、手羽ともも肉を外す。関節を外すときにブリンッ、フルフルフル……と肉が震える姿から、仕上がりの柔らかさがわかる。
その白く輝く柔肌がスパイス&ハーブ香る上品な漬け地に浸されて十数時間。濡れた輝きに弾力と清涼な香りを携えて戻ってくる。
味の核は、贅を尽くしたたれだ。複数の唐辛子を使った辛味辣油と、八角や桂皮を使った香味辣油という2種の自家製辣油。そこに黒酢醤油だれと大量の胡麻(1人前10gも!)を投入。
たれの海からつるりと口に滑り込ませた鶏肉の弾力と歯切れの心地よいこと……。胸肉の艶めかしい食感ともも肉の力強い味わいに、咀嚼と嚥下の間で欲望がせめぎ合う。だが、すべてを胃に収めても喜びは尽きない。
このよだれ鶏のたれはさらなる豊潤が展開できる。たとえば焼売を用意し、たれにつけてハフハフと頬張れば口当たりは冷から温へ、肉の醍醐味は清冽な鶏から野趣の豚へとシフトする。そしてフィナーレは再び冷へ。氷で締めた中華麺を投入して一気に啜れば、また別の官能に喉が歓喜する。
永遠に続くかのような欣喜雀躍。めくるめく夏の肉中華は終わらない!

| ★ 鶏肉用 | |
|---|---|
| ・ 丸鶏 | 1.2kg程度 |
| ・ 生姜 | 1片(薄切り) |
| ・ 長ねぎ | 3本分(青い部分) |
| ・ 鶏肉のゆで汁 | 400ml |
| A | |
| ├ 日本酒 | 大さじ1 |
| ├ ローリエ | 1枚 |
| ├ 塩 | 小さじ1 |
| └ 青花椒 | ひとつまみ |
| ★ 黒酢醤油だれ用 | |
| ・ 鶏のスープ | 100ml(鶏肉のゆで汁でも可) |
| B | |
| ├ 醤油 | 大さじ3 |
| ├ 中国黒酢 | 大さじ1と1/2 |
| ├ 酢 | 小さじ1 |
| ├ 生姜 | 小さじ1(みじん切り) |
| ├ にんにく | 小さじ1/2(みじん切り) |
| ├ 上白糖 | 大さじ1 |
| └ 胡麻油 | 小さじ1弱 |
| ★ 仕上げ用 | (1~2人前) |
| 鶏もも肉と胸肉 | 150g(つくり方③参照) |
| 黒酢醤油だれ | 大さじ4(つくり方④参照) |
| 陳麻婆辣油 | 小さじ1(下記参照) |
| 前菜辣油 | 小さじ2(下記参照) |
| 煎り胡麻 | 10g |
| パクチー | 適量 |
| ピーナッツ | 適量 |
鍋にたっぷりの湯を沸かし生姜と長ねぎと鶏肉を加えてごく弱火にする。湯温を80℃にキープして約1時間ゆでる(温度計を刺し、肉の芯温が70℃になっているのが目安)。ゆだったらすぐ氷水に取り急冷する。急冷することで旨味を閉じ込める。


①の鶏肉のゆで汁400mlにAを加えて、一度沸騰させたら火を止めて、ボウルに移し、氷水を当てて冷やす。

①の丸鶏から、もも肉と胸肉を切り出し保存容器に入れ②を注ぐ。半日から一日冷蔵庫で漬け込む。漬け込むことで鶏肉全体に深い味わいが出る。


分量の鶏肉のゆで汁を一度沸かしてから、Bをすべて加えて混ぜ合わせ、粗熱を取る。温かいうちに混ぜることで生姜やにんにくの香りを引き立てる。


ボウルに④の黒酢醤油だれ大さじ4、陳麻婆辣油小さじ1、前菜辣油小さじ2、たっぷりの煎り胡麻を入れて混ぜ合わせる。を食べやすい大きさにカットし、器に盛り、混ぜ合わせたたれをかけて、パクチー、ピーナッツを刻んでのせる。



四川料理の名店「飄香(ピャオシャン)」などで研鑽を積み、この4月、「一凛」の料理長に就任。頑強な四川料理の骨格を、新しい形で皿の上に落とし込み、素材の魅力を最大限に引き出す。
文:松浦達也 撮影:福尾美雪