高嶺の花である「東華飯店」の出前メニューに加えられた、フラッグシップメニュー“東華重”の話。「シン・ウルトラマン」、「シン・ゴジラ」など数々の日本映画を監督してきた樋口真嗣さんの、仕事現場で出会った“現場メシ”とは?
世田谷区成城にある東宝スタジオと世田谷区砧にある中華の「東華飯店」。
距離にして800メートル、数十メートルの標高差で奪われる限られたメシ休みの時間惜しさに、数を募って出前を取るという選択肢もありまして、お店のおばちゃんが原付で運んでくるんだけど、汁気のある麺類を頼むと間違いなくノビてしまうので麺類はタブーでさえありました。
麺類を食べたい時はお店に行けという事でございますが、ある日名物の鳥そば食べたさに目が眩み、お店に向かう坂道を登っていた先輩が途中でおそらく撮影所に向かう出前の原付スクーターに跨ったおばちゃんとすれちがいましたと。
その直後にお店に入ると、そこにはなんとさっき出前に出て行ったはずのおばちゃんが!
いつの間に……!
わずか数分の間に撮影所に届けて戻ってきて素知らぬ顔して鳥そば作って配膳するなんて芸当できるはずもない!
と半ば怪談のように撮影所で語り継がれるのですが、それには続きがあって、遅めの昼飯どき……アイドルタイムになるかならないかぐらいの時間帯なんだけど、別に営業時間とかきちんと書いてないからやってるかなー、っておっかなびっくり覗いてみたら、お店の中にはおばちゃんが2人いたんですよ!
シャイニングの双子みたいに!ひいいいいっ!―――というか、おばちゃん2人いただけじゃん。双子じゃないけど姉妹でお店を支え、お姉さんが厨房で料理を作り、妹さんが接客や出前をしていたようです。
そんな東華のおばちゃんたちも年月とともにご高齢になり、原付で出前を運ぶことは無くなりました。扱うメニューも全盛期の三分の一ぐらいに絞られていきます。
そんな止めようのない波に飲まれ、メニューから姿を消したのが、前回登場したロースライスと並びかつての東華飯店の名物の双璧をなしていた「東華重」でした。店名を冠したフラッグシップ感溢れるこのメニュー。濃いめの辛味タレに漬け込まれた豚バラ肉を中華鍋で火を通し、刻んだノリがかかったごはんの入ったお重にドバーッとぶっかけ、残ったスペースは生野菜!付け合わせは紅生姜!という豪快なお重。丼ではなく重。中華だけど重。
その存在、出前のメニューの端っこに小さく書いてあってしばらく気づかなかったんだけど、照明の親方をはじめとする照明部のコワモテの皆さんがうまそうに食べてるのを見て発見。晴れてロースライス一択だったマイ東華のローテーション入りしました。
そんな東華重がメニューからなくなってしまったのです。足繁く通って仲良くなったあたりでおばちゃんに東華重の行方を聞いてみました。なんでもタレを作るのが面倒な割に数が出ないから辞めちゃったそうです。
なんてことでしょう。スタジオで思い出話をしてはまた食べたいなとみんな言ってたのに、そんな声はおばちゃんには届いていなかったようなんです。そりゃ届くはずはありません。出前やってないんだもん。
こうなったらかつての食券握りしめてロースライスを喰らってたアルバイトも一応は映画監督でございます。その地位を利用して交渉し、なんとかメニューの復活を掛け合おうではありませんか。
文・イラスト:樋口真嗣
世田谷区成城にある東宝スタジオと世田谷区砧にある中華の「東華飯店」。
距離にして800メートル、数十メートルの標高差で奪われる限られたメシ休みの時間惜しさに、数を募って出前を取るという選択肢もありまして、お店のおばちゃんが原付で運んでくるんだけど、汁気のある麺類を頼むと間違いなくノビてしまうので麺類はタブーでさえありました。
麺類を食べたい時はお店に行けという事でございますが、ある日名物の鳥そば食べたさに目が眩み、お店に向かう坂道を登っていた先輩が途中でおそらく撮影所に向かう出前の原付スクーターに跨ったおばちゃんとすれちがいましたと。
その直後にお店に入ると、そこにはなんとさっき出前に出て行ったはずのおばちゃんが!
いつの間に……!
わずか数分の間に撮影所に届けて戻ってきて素知らぬ顔して鳥そば作って配膳するなんて芸当できるはずもない!
と半ば怪談のように撮影所で語り継がれるのですが、それには続きがあって、遅めの昼飯どき……アイドルタイムになるかならないかぐらいの時間帯なんだけど、別に営業時間とかきちんと書いてないからやってるかなー、っておっかなびっくり覗いてみたら、お店の中にはおばちゃんが2人いたんですよ!
シャイニングの双子みたいに!ひいいいいっ!―――というか、おばちゃん2人いただけじゃん。双子じゃないけど姉妹でお店を支え、お姉さんが厨房で料理を作り、妹さんが接客や出前をしていたようです。
そんな東華のおばちゃんたちも年月とともにご高齢になり、原付で出前を運ぶことは無くなりました。扱うメニューも全盛期の三分の一ぐらいに絞られていきます。
そんな止めようのない波に飲まれ、メニューから姿を消したのが、前回登場したロースライスと並びかつての東華飯店の名物の双璧をなしていた「東華重」でした。店名を冠したフラッグシップ感溢れるこのメニュー。濃いめの辛味タレに漬け込まれた豚バラ肉を中華鍋で火を通し、刻んだノリがかかったごはんの入ったお重にドバーッとぶっかけ、残ったスペースは生野菜!付け合わせは紅生姜!という豪快なお重。丼ではなく重。中華だけど重。
その存在、出前のメニューの端っこに小さく書いてあってしばらく気づかなかったんだけど、照明の親方をはじめとする照明部のコワモテの皆さんがうまそうに食べてるのを見て発見。晴れてロースライス一択だったマイ東華のローテーション入りしました。
そんな東華重がメニューからなくなってしまったのです。足繁く通って仲良くなったあたりでおばちゃんに東華重の行方を聞いてみました。なんでもタレを作るのが面倒な割に数が出ないから辞めちゃったそうです。
なんてことでしょう。スタジオで思い出話をしてはまた食べたいなとみんな言ってたのに、そんな声はおばちゃんには届いていなかったようなんです。そりゃ届くはずはありません。出前やってないんだもん。
こうなったらかつての食券握りしめてロースライスを喰らってたアルバイトも一応は映画監督でございます。その地位を利用して交渉し、なんとかメニューの復活を掛け合おうではありませんか。
文・イラスト:樋口真嗣