ワインジャーナリストの鹿取みゆきさんによる、新時代の日本ワインの造り手たちの最前線。今回は、北海道・北斗の「KONDOヴィンヤード」近藤良介さんが食農一体型のワインづくりに挑むまでのストーリーを追いました。 ※この連載はdancyu本誌にもダイジェストを掲載しています。
三笠市に隣接する岩見沢市の自宅から車で30分かけて通って葡萄栽培をする日々には違和感を感じていました。僕は、農夫は葡萄栽培と生活リズムが一体になってこそ、土地の風土をワインに映し出せるようになると考えています
近藤さんは、家付きの農地を探し回り、農家が離農したばかりの土地を手に入れた。茂世丑(もせうし)という地名から、モセウシ農場と名付けた。
自宅とその前に広がる葡萄園という理想的な環境を手に入れ、順風満帆のはずだった。しかしモセウシの土は、長年にわたる除草剤、化学農薬の常用によって、疲弊しきっていた。多様な微生物に富むタプ・コプの土とは異なり、葡萄はヒョロヒョロと頼りなく、雑草さえほとんど生えていなかった。足を運ぶ地面はカチカチで固く、畑からは全く生気が感じられない。
「土が生きていることが葡萄にとって大切だ」と近藤さんは痛感。土が活力を取り戻すように、さまざまな工夫をした。葡萄の畝間に大豆、えん麦、白や赤のクローバーなどを撒いて緑肥にする、堆肥を入れる、さらには、土壌の水捌け改善の処置を施す……、考えられることを次々とやった。
そして4年前、縁あって、冬場に山で切った木を運ぶ馬搬をしていた西埜将世(にしの・まさとし)さんと知り合った。2人は意気投合。近藤さんの中で燻っていた馬耕熱が一気に燃え上がった。フランスから馬耕用の器具も輸入、3年前からモセウシ農場全てで、年に4回、馬で耕し始めた。
初めは手探りだった。しかし、耕す時の馬が進むスピードなど、人も馬もそのコツを掴みだした。互いのコミュニケーションも良くなって、馬の周りを歩く人たちも一緒に、時には馬を励まし、鼓舞しながら、作業を進めていけるようになってきた。確かに効率を考えると馬耕は、トラクターに遥かに劣る。人間の疲労もかなりのもので、1日半の馬耕を終えると、近藤さんは疲労困憊、腕はパンパンだ。けれども満ち足りた気持ちは何ものにも変え難い。馬は畑の土だけはなく、人の心も耕し、ほぐしてくれる。
こうした努力が実って、モセウシでは野草の種類が目に見えて増え、土の中には団粒構造が生まれた。葡萄たちにも心地良い環境が整ってきた。それに呼応するかのように開園直後は思うようには育たなかった葡萄は健やかになり、収穫量も格段に増えた。何より、ワインの味わいが変わった(vol.7に続く)。
文:鹿取みゆき 撮影:木村文吾