畑と(日本)ワイン。――土と生きる、新時代の造り手たち
家の前の葡萄畑で働き、農夫としてワイン造りを|「KONDOヴィンヤード」近藤良介さん②【vol.5】

家の前の葡萄畑で働き、農夫としてワイン造りを|「KONDOヴィンヤード」近藤良介さん②【vol.5】

ワインジャーナリストの鹿取みゆきさんによる、新時代の日本ワインの造り手たちの最前線。今回は、北海道・北斗の「KONDOヴィンヤード」近藤良介さんが食農一体型のワインづくりに挑むまでのストーリーを追いました。 ※この連載はdancyu本誌にもダイジェストを掲載しています。

三笠市に隣接する岩見沢市の自宅から車で30分かけて通って葡萄栽培をする日々には違和感を感じていました。僕は、農夫は葡萄栽培と生活リズムが一体になってこそ、土地の風土をワインに映し出せるようになると考えています

新しく手に入れた農場は、雑草も生えない大地だった

近藤さんは、家付きの農地を探し回り、農家が離農したばかりの土地を手に入れた。茂世丑(もせうし)という地名から、モセウシ農場と名付けた。

モセウシの地形
モセウシ農場は比較的なだらかな斜面に広がる、一枚続きの畑。左手奥に見える焦茶色の建物が、共同醸造所になる。右側の奥の池に隣接しているのが、7年前に拓かれた、浦本忠幸さんの葡萄畑。浦本さんは近藤さんのもとで研修をした。岩見沢市とそれに隣接する三笠市では、ワイン用葡萄の畑が増えている。

自宅とその前に広がる葡萄園という理想的な環境を手に入れ、順風満帆のはずだった。しかしモセウシの土は、長年にわたる除草剤、化学農薬の常用によって、疲弊しきっていた。多様な微生物に富むタプ・コプの土とは異なり、葡萄はヒョロヒョロと頼りなく、雑草さえほとんど生えていなかった。足を運ぶ地面はカチカチで固く、畑からは全く生気が感じられない。

「土が生きていることが葡萄にとって大切だ」と近藤さんは痛感。土が活力を取り戻すように、さまざまな工夫をした。葡萄の畝間に大豆、えん麦、白や赤のクローバーなどを撒いて緑肥にする、堆肥を入れる、さらには、土壌の水捌け改善の処置を施す……、考えられることを次々とやった。

堆肥
モセウシ農場の傍では、堆肥を作っている。この6年間ほどは、この堆肥を葡萄の木の勢いのない区画、土壌改良が不十分な区画を優先的に撒いている。堆肥は葡萄の搾りかす、米糠、牛糞、馬糞、そして牡蠣殻などを混ぜて発酵させる。一方タプ・コプ農場には堆肥は撒いていない。

馬と一緒に畑を耕す、そんな素朴な農法の真価とは

そして4年前、縁あって、冬場に山で切った木を運ぶ馬搬をしていた西埜将世(にしの・まさとし)さんと知り合った。2人は意気投合。近藤さんの中で燻っていた馬耕熱が一気に燃え上がった。フランスから馬耕用の器具も輸入、3年前からモセウシ農場全てで、年に4回、馬で耕し始めた。

西埜さんと近藤さん
近藤良介さん(右)と西埜将世さん。西埜さんは、冬季は山の木を切り、その木を馬で運ぶ馬搬業を営んでいた。その一方で、夏に、畑や田んぼを耕す馬耕にも夏季の馬の仕事として可能性を感じていた。「昔、馬が働くのが当たり前だった時代には、夏は畑仕事、冬は山仕事というように、馬搬と馬耕が当たり前のように両立していたのでは?」と西埜さん。
馬、人、見学者
馬耕の際の馬とのコミュニケーションは大切だと近藤さんや西埜さんは言う。「いいぞ!その調子!ナイス!」「もうちょっとで、折り返すよ!」と声をかけ、馬を励ましたり、褒めたりする。機械のエンジン音はなく、人間も言葉を交わしながら作業をする。次第に心もほぐれていく。

初めは手探りだった。しかし、耕す時の馬が進むスピードなど、人も馬もそのコツを掴みだした。互いのコミュニケーションも良くなって、馬の周りを歩く人たちも一緒に、時には馬を励まし、鼓舞しながら、作業を進めていけるようになってきた。確かに効率を考えると馬耕は、トラクターに遥かに劣る。人間の疲労もかなりのもので、1日半の馬耕を終えると、近藤さんは疲労困憊、腕はパンパンだ。けれども満ち足りた気持ちは何ものにも変え難い。馬は畑の土だけはなく、人の心も耕し、ほぐしてくれる。

こうした努力が実って、モセウシでは野草の種類が目に見えて増え、土の中には団粒構造が生まれた。葡萄たちにも心地良い環境が整ってきた。それに呼応するかのように開園直後は思うようには育たなかった葡萄は健やかになり、収穫量も格段に増えた。何より、ワインの味わいが変わった(vol.7に続く)。

土寄せ
春の馬耕による耕作は、前の年の秋に、「土寄せ」とうい作業で畝に寄せられていた土を、元に戻す「土戻し」になる。夏には凸凹した状態をならす作業を行う。こうした馬耕は、年に4回実施。
馬耕
葡萄の木々の際まで農機具の刃を入れて、反対側に土の塊をひっくり返すように戻していく。そうすることで、浅いところにあった葡萄の根は切られ、根は下に伸びていくようになる。かつては秋の収穫直前の雨の後、土中の浅い部分の水を吸って葡萄の粒が割れる玉割れという症状に悩まされていた。今ではそうした心配は少なくなった。
馬耕
土の塊をひっくり返す時には、畝近くに生えている野草類も、根こそぎ掘り返される。「馬耕を始めてからは、モセウシ農場では草刈りをする必要がほとんどなくなりました」と近藤さんは語っている。刃の傾きを調整することで、掘り起こす深さが変わってくる。この操作には、多少、慣れが必要だ。
馬耕終了
人と馬の共同作業である1日の馬耕が終わって、ウクルを労う、西埜さんと近藤さん。人間の方も疲労困憊で、腕の筋肉もパンパンに張っている。けれど達成感があり、自然と笑みがこぼれてくる。「明日も頑張ろう」。
馬耕空から
畑の中を耕しながら進んでいく。左側が耕した区画。右側はこれから耕す区画。2haの葡萄畑を耕すのに1日半かかる。今では、周辺の4人の造り手たちが馬耕を取り入れるようになった。
掘り起こした土
モセウシ農場の土の中の生き物、微生物も増えてきた。馬耕の際に掘り起こした、土の塊からは、ミミズや昆虫など生き物たちが顔を覗かせて、土の中で、さまざまな生き物が生息していることがわかる。

文:鹿取みゆき 撮影:木村文吾

鹿取 みゆき

鹿取 みゆき (フード&ワインジャーナリスト)

かれこれ20年前に始まった新しい日本ワインのシーンに寄り添い、造り手たちとともに現在の姿まで築いてきた。人呼んで“日本ワインの母”。近年、日本における持続的なワイン造りのため、(一社)日本ワインブドウ栽培協会を設立。著書に『日本ワイン99本』(プレジデント社・共著)、『日本ワインガイド』(虹有社)など。