畑と(日本)ワイン。――土と生きる、新時代の造り手たち
ワイン造りの原点回帰へ、クヴェヴリで醸造を開始|「KONDOヴィンヤード」近藤良介さん③【vol.6】

ワイン造りの原点回帰へ、クヴェヴリで醸造を開始|「KONDOヴィンヤード」近藤良介さん③【vol.6】

ワインジャーナリストの鹿取みゆきさんが、新時代の日本ワインの造り手を追っていく連載。馬耕などプリミティブな農の在り方を模索する、「KONDOヴィンヤード」近藤良介さんはついに共同醸造所を設立。そこで醸されるのは、ワイン造りの原点回帰とも言える一本だった。 ※この連載はdancyu本誌にもダイジェストを掲載しています。

ピノ・ノワールから立ち上る濃密で妖艶な香り

この農場のピノ・ノワール、「モセウシ ピノ・ノワール」の初仕込みは2017年。初めから繊細でバランスが取れていたが「タプ・コプ ピノ・ノワール」に比べると、やや厚みに欠けてエネルギーが足りない印象が拭えなかった。ところが2020年から、様子が変わった。色合いこそやや薄い。けれどグラスから立ち上る香りは濃密で妖艶。抗しがたい魅力を放っている。熟したブラックベリー、黒糖のような香りと、ナツメグ、シナモンとさまざまなスパイスの香りが層を成して複雑だ。土が変わったことが伝わってきた。同じ畑の6種類もの葡萄の混醸である「モセウシ トモ・ブラン」も力強く、それでいて伸びやかな余韻が心に残る。

近藤さんは、畑で費やす時間に比べて仕込み期間はほんの一瞬だという。しかもそんな時期でさえ、栽培の作業の合間に醸造作業を行うという時間配分。というのも真面目に畑仕事に精を出し健全な葡萄を育てることの先に良いワインができると信じているからだ。

土づくりから収穫時の選果まで、畑では納得の行くまで時間をかけているので、醸造は葡萄を信じて待ちます

ワイナリーでは、培養酵母や添加物を加えたり、ワインの移動にポンプを使ったりと、新しい技術には極力頼らない。ワイン造りの原点に立ち戻ったシンプルな造りをするべきだと考える。できれば容器は天然素材の樽か甕、つまりクヴェヴリが望ましい。

「ワインは、造り手と畑そのものを映す鏡であるべき。だからこそ、葡萄全てをワインボトルに封じ込めたい」という近藤さん。「たとえ僕は農夫でも、自分自身のワイナリーで自らが責任を持ってワインを造らねばとも思っています」。

2011年に開園したモセウシ農場の傍に共同醸造所、「栗澤ワインズ」を建てたのもそのためだ。

樽
モセウシ ピノ・ノワールは発酵終了後、古い樽に移されて熟成をさせる。樽熟成期間は約8ヶ月間。将来はモセウシ ピノ・ノワールとタプ・コプ ピノ・ノワールをKONDOヴィンヤード・ピノ・ノワールとして1アイテムにまとめて、それぞれの農場の、その年の最も良い1樽をモセウシ ピノ・ノワール、もしくはタプ・コプ ピノ・ノワールとして詰めることを検討中。
タルとステン樽
樽はワイナリーの地下1階にあり、発酵が終了したワインは、1階から地下1階へ、ポンプを使わず重力を使って移動させる。できれば、発酵、熟成させる容器は自然のものを使いたいと考えているが、古い樽に入りきらなかった残りは樽の形状をしたステン樽を使う。樽の風味がつきすぎないように、中型の大きさの古い樽を使うことも多い。
クヴェブリ
クヴェブリは、甕の仕込みの本場であるジョージア製が2基、加えて、北海道斜里町の斜里窯で焼かれたものが6基、土中に埋め込まれている。前者が610リットルと750リットル。日本産はジョージア産に比べると小型で、160リットルほど。いずれも発酵と熟成を兼ねており、仕込みロットによって使い分けをしている。甕での仕込みは基本的に亜硫酸無添加だ。

土と向かい続ける農夫として、日々は続く

ここまで近藤さんの辿ってきた道を見ていると、ずっと土と向き合い続けてきた人だとわかる。森の土を最大限に生かしつつ、急斜面に拓いたタプ・コプ農場、死んだような土が生き返えらせたモセウシ農場、いずれも今の彼のワイン造りには欠かせない。また2つの葡萄畑を見ることで、気づくことも数多い。

葡萄を初めて育て出した頃、25歳だった近藤さんは、今年48歳になった。07年に自分自身の畑を持ってからは15年が過ぎている。持ち前の行動力を持って時には周囲の仲間や後輩たちを巻き込みながらも、近藤さんの葡萄を育て、ワインを造る日々は続いていく。

剪定枝
ワイナリーには大型の薪ボイラーが設置され、剪定枝も燃料として燃やして、ワイナリーの暖房に利用している。
ワイン
以下のワインの説明は写真の左より順に。すべて裏ラベルにQRコードがついており、そこをクリックすると原料に使った葡萄品種の写真、造り方の説明を見ることができる。
モセウシ トモ・ブラン2020
青葉のような清々しい香りと共に、少しグレープフルーツを思わせるフレッシュな柑橘系の香りが立ち昇ってくる。とても滑らかな質感。果実味はたっぷりとしていて、時間と共に力強さが感じられるようになる。豊かな酸がピシッと通った芯を感じさせ、味わいに広がりを持たせている。また微かに渋味も感じられる。伸びやかな余韻も心に残る。オーセロワ、ゲヴュルツ・トラミネール、シャルドネ、シルバーナー、ピノ・グリなど、主に6種類の葡萄を、房ごと搾り、一緒に発酵させる混醸。樽熟成なし。(3,300円)
モセウシ ピノ・ノワール2020
色合いこそやや薄い。けれどグラスから立ち上る香りは濃密で妖艶な印象で、抗しがたい魅力を放っている。熟したブラックベリー、黒糖のような香りと、ナツメグ、シナモンとさまざまなスパイス、これらの香りが層を成してとても芳しい。酸は豊かだがきれいに溶け込んでいて、渋みもとても穏やか。味わい深く、冷涼な産地のピノ・ノワールを堪能できる。手作業で果梗を取り除き、粒のまま野生酵母で発酵させている。(3,520円)
コンコン クヴェヴリ 2020
抜栓してすぐは、すえたような匂いがあるが、空気に触れさせ時間を置くと、マツヤニ、腐葉土、コリアンダーのようなスパイスの香りが立ち上ってくる。口に含むと、穏やかだがしっかりした渋み、さらには柑橘を思わせる骨太な酸に支えられて、複雑でじんわりと深みのある味わい。もう少し熟成させてみたい。タプ・コプ農場の混植区の葡萄とモセウシ農場の混植区の8種類(ピノ・グリ、オーセロワ、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、ゲヴュルツ・トラミネール、ケルナー、シルバーナー、リースリング)の葡萄を使っている。手作業で果梗を取り除いた葡萄を手動式ローラーで破砕して、クヴェヴリの中で発酵させている。亜硫酸無添加。(3,300円)
タプ・コプ ピノ・ノワール2020
モセウシより色合いはやや深く、濃い。第一印象は、溢れるほどに豊かで生き生きとしたラズベリーのような香り。しかし時間と共にブラックベリーのような香りに変わり、リコリス、腐葉土のような香りが現れる。そしてテクスチャーも俄然滑らかに。酸もしだいに溶け込んできて、果実のボリュームも十分。深みもあり、どっしりと重心が低い。しばらく寝かせて飲んでみたい。醸造方法はモセウシ ピノ・ノワールと同様で、手作業で果梗を取り除き、粒のまま野生酵母で発酵させている。(3,520円)
近藤良介(KONDOヴィンヤード 代表)

近藤良介(KONDOヴィンヤード 代表)

こうどう・りょうすけ●1973年生まれ。北海道出身。2007年北海道三笠市にタプ・コプ農場開園。11年には岩見沢市にモセウシ農場も開園。17年中澤ヴィンヤードの中澤一行さんらと栗澤ワインズ設立。

文:鹿取みゆき 撮影:木村文吾

鹿取 みゆき

鹿取 みゆき (フード&ワインジャーナリスト)

かれこれ20年前に始まった新しい日本ワインのシーンに寄り添い、造り手たちとともに現在の姿まで築いてきた。人呼んで“日本ワインの母”。近年、日本における持続的なワイン造りのため、(一社)日本ワインブドウ栽培協会を設立。著書に『日本ワイン99本』(プレジデント社・共著)、『日本ワインガイド』(虹有社)など。