ワインジャーナリストの鹿取みゆきさんが、新時代の日本ワインの造り手を追っていく連載。馬耕などプリミティブな農の在り方を模索する、「KONDOヴィンヤード」近藤良介さんはついに共同醸造所を設立。そこで醸されるのは、ワイン造りの原点回帰とも言える一本だった。 ※この連載はdancyu本誌にもダイジェストを掲載しています。
この農場のピノ・ノワール、「モセウシ ピノ・ノワール」の初仕込みは2017年。初めから繊細でバランスが取れていたが「タプ・コプ ピノ・ノワール」に比べると、やや厚みに欠けてエネルギーが足りない印象が拭えなかった。ところが2020年から、様子が変わった。色合いこそやや薄い。けれどグラスから立ち上る香りは濃密で妖艶。抗しがたい魅力を放っている。熟したブラックベリー、黒糖のような香りと、ナツメグ、シナモンとさまざまなスパイスの香りが層を成して複雑だ。土が変わったことが伝わってきた。同じ畑の6種類もの葡萄の混醸である「モセウシ トモ・ブラン」も力強く、それでいて伸びやかな余韻が心に残る。
近藤さんは、畑で費やす時間に比べて仕込み期間はほんの一瞬だという。しかもそんな時期でさえ、栽培の作業の合間に醸造作業を行うという時間配分。というのも真面目に畑仕事に精を出し健全な葡萄を育てることの先に良いワインができると信じているからだ。
土づくりから収穫時の選果まで、畑では納得の行くまで時間をかけているので、醸造は葡萄を信じて待ちます
ワイナリーでは、培養酵母や添加物を加えたり、ワインの移動にポンプを使ったりと、新しい技術には極力頼らない。ワイン造りの原点に立ち戻ったシンプルな造りをするべきだと考える。できれば容器は天然素材の樽か甕、つまりクヴェヴリが望ましい。
「ワインは、造り手と畑そのものを映す鏡であるべき。だからこそ、葡萄全てをワインボトルに封じ込めたい」という近藤さん。「たとえ僕は農夫でも、自分自身のワイナリーで自らが責任を持ってワインを造らねばとも思っています」。
2011年に開園したモセウシ農場の傍に共同醸造所、「栗澤ワインズ」を建てたのもそのためだ。
ここまで近藤さんの辿ってきた道を見ていると、ずっと土と向き合い続けてきた人だとわかる。森の土を最大限に生かしつつ、急斜面に拓いたタプ・コプ農場、死んだような土が生き返えらせたモセウシ農場、いずれも今の彼のワイン造りには欠かせない。また2つの葡萄畑を見ることで、気づくことも数多い。
葡萄を初めて育て出した頃、25歳だった近藤さんは、今年48歳になった。07年に自分自身の畑を持ってからは15年が過ぎている。持ち前の行動力を持って時には周囲の仲間や後輩たちを巻き込みながらも、近藤さんの葡萄を育て、ワインを造る日々は続いていく。
こうどう・りょうすけ●1973年生まれ。北海道出身。2007年北海道三笠市にタプ・コプ農場開園。11年には岩見沢市にモセウシ農場も開園。17年中澤ヴィンヤードの中澤一行さんらと栗澤ワインズ設立。
文:鹿取みゆき 撮影:木村文吾