畑と(日本)ワイン。――土と生きる、新時代の造り手たち
ここにいる生物にできるだけ迷惑をかけずに、葡萄を育てたい|「ナカザワヴィンヤード」中澤一行さん 由紀子さん②【vol.8】

ここにいる生物にできるだけ迷惑をかけずに、葡萄を育てたい|「ナカザワヴィンヤード」中澤一行さん 由紀子さん②【vol.8】

ワインジャーナリストの鹿取みゆきさんが、新時代の日本のワインづくりの最前線を追っていく連載です。今回は、「ナカザワヴィンヤード」中澤一行さん、由紀子さんが北海道・空知地方で葡萄を育てるに至った道程とは。 ※dancyu本誌とオンラインのW連載です。

草刈りの様子
5月上旬になって枝をワイヤーに固定する誘引が終わると、まずは株元の草を刈る。この作業は機械を使って行うが、まずはその前に株元が見えるように手作業で草を取り除いていく。
草刈りの様子
「株元の草を刈ることで、植えてから2、3年目の葡萄の樹の生育がよくなります」と中澤さんは言う。

ふらっと旅をした北海道に惹かれてしまった

東京都と千葉県出身の2人がなぜこの地で葡萄を育てることになったのだろうか?
「学生時代、なんの当てもなく、ふらっと旅をした北海道に惹かれてしまった」というのが北海道移住の理由だという中澤さん。

関東圏しか知らなかった自分には、土地の広さ、風景、そして出会った人の優しさなどすべてひっくるめて、日本離れした土地に思えました

一度は大手電機メーカーに就職するも、何時間もかけて職場と家を往復する都会での日々に疑問を感じ、移住への思いが強くなる。そして行き着いたのが「北海道で葡萄を育てる農業」だった。「初めは、葡萄を育てることは、北海道に移住するための手段だったとも言えます」と中澤さんは当時を振り返っている。

就職先は日本ワインの最大生産量を誇る、北海道ワイン。初めは空知地方の三笠市の栽培担当者として働き、数年後には農場長になった。そして2002年、独立して自分の畑で葡萄を育てるように。数年の栽培経験で三笠市、岩見沢市の可能性を感じ、この一帯で南斜面の土地を探し、栗沢町の牧草地に出会った。そこに畑を拓き、その前には家も建てた。

ラベルの説明 “六合星”
ラベルの中心にある紋様は、六芒星ロクボウセイや籠目紋をモチーフにしている。「上向きと下向きの2つの三角形で天と地を表しています。それを組み合わせることで天と地の調和を表し、それを農業の象徴として使っています。籠目紋も、日本では、竹で編んだ籠の網目を図案化したものとされています。竹籠も、一昔前までは農業に欠かせいないものでした」。2013年物から今のラベルに変更した。クリサワブラン以外のアイテムも同じラベルを使っている。

土地の外のものを極力入れない堆肥づくり

畑では化学肥料、除草剤には頼らず、化学農薬もできるだけ使わない。それだけではなく、堆肥を撒くとしても、土地の外のものを極力入れない堆肥を作り、外のものを持ち込まないことも心がけてきた。

出来る限り、自然に負荷をかけずに暮らしていきたいのです。ここにいる生き物にできるだけ迷惑をかけず、自分たちが生きる場所を与えてもらえればと思う

と中澤さんはいう。一枚続きの緩やかな斜面に広がる畑にはさまざまな昆虫、小動物が息づいている。

畑のアップ
「栽培を良くしていくのに終わりはない。日本はフランスのように、栽培方法が法律に縛られているわけではないので、色々なチャレンジができる。畑の品種構成も変わっていくので、味わいも少しずつ変わっていくと思う」と中澤さん。

また品種の植え替えを一気にやることはせず、徐々に変えていく方法をとる。自分たちが植えた木は、責任を持って育てていきたいからだ。葡萄を育てる中澤さんの根底には、自然への尊敬と畏怖の念がいつもある。

開園から20年。岩見沢の栗沢を自らのワイン造りの土地に選んでよかったと中澤夫妻はいう。

気候条件は想定より厳しかったが、一方で、ワインは予想以上に、美味しいものができている。こうした手応えがあるので今まで続けてこられた

とも語る。

今も、道半ばだと中澤さんはいう。新しい品種の取り組み、剪定方法の改良など、取り込むべき課題に毎日、出会い、それに対する自分なりのやり方を見出していく。そして見出したものを次世代に伝えていく。こうした日々の繰り返しが楽しいという。

中澤一行さん、由紀子さん

中澤一行さん、由紀子さん

一行さんは1965年生まれ、東京都出身。1996年北海道ワインに就職し、北海道に移住。2002年岩見沢市に、妻の由紀子さんとナカザワヴィンヤードを開園。17年KONDOヴィンヤードの近藤良平さんらと栗澤ワインズを設立。

ワインボトル
ナカザワヴィヤードのワイン
ワインは、定番のクリサワブランに加えて、2019年以降は毎年リリースされているピノ・ノワールで造られたクリサワルージュ、さらに収穫量に恵まれれば、ゲヴェルツトラミネールの単一品種ワイン、シャルドネとソーヴィニヨン・ブランをブレンドしたシャルドネ/ソーヴィニヨン・ブランがリリースされることもある。現在、可能性を感じているのは、ソーヴィニヨン・ブランだという。
クリサワブラン
輝く、やや濃いめの黄金色が美しい。清涼感のある柑橘の香りがまずはじめに立ち上り、次第に穏やかなライチの香りも出てくる。ふっくらとした果実味が感じられ、それが余韻まで続く。その果実味のなかに骨格のように感じられる骨太な酸。長い余韻の中で感じられる、味わいと香しさがなんとも魅力的。ゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、ケルナー、シルヴァーナーの4品種を中心に15種類の葡萄で造られている。それぞれ熟したら収穫して房のまま搾汁して、熟した順に果汁を加えていく。野生酵母で発酵させ、樽熟成はしていない。瓶詰め時に少量の亜硫酸を加えている。中澤夫妻は、比較的高い温度で飲むことが多いという。3,300円
クリサワルージュ
すぐにフランボワーズやスパイスの香りが立ち上る。甘く感じる果実味には、酸が溶け込んでいる。渋みはほとんど感じられない、とても優しい味わいだが、複雑で余韻が長い。エレガントな風味の余韻が心に残る。時間とともに香しさが増していく。全て果梗を取り除き、野生酵母で発酵させている。瓶詰め時に少量の亜硫酸を加えている。今後は他の品種を、一緒に発酵させることも含めて、より軽快でエレガントなワインを目指しているという。3,300円

ナカザワヴィンヤード
【住所】北海道岩見沢市栗沢町加茂川140
【電話番号】非公開

文:鹿取みゆき 撮影:木村文吾

鹿取 みゆき

鹿取 みゆき (フード&ワインジャーナリスト)

かれこれ20年前に始まった新しい日本ワインのシーンに寄り添い、造り手たちとともに現在の姿まで築いてきた。人呼んで“日本ワインの母”。近年、日本における持続的なワイン造りのため、(一社)日本ワインブドウ栽培協会を設立。著書に『日本ワイン99本』(プレジデント社・共著)、『日本ワインガイド』(虹有社)など。