新時代の日本のワイン造りの最前線を、ワインジャーナリストの鹿取みゆきさんが追う新連載。 彗星の如く現れ、煌めくシャルドネでワインラバーたちを虜にした長野・小諸「テールドシエル」桒原一斗さんに密着した最終回。 桒原さんが一番大切にしている畑での作業、そして、日本に根付こうとしている新たなワイン産地の未来とは。 ※この連載はdancyu本誌にもダイジェストを掲載しています。
葡萄のみからワインを造りたい桒原さんが、何より大切にしているのが畑の作業だ。
斜面の畑は大きく2つの場所に分かれており、合計面積は現在、約3,3ha。
葡萄の枝を切り戻したり、伸びていく方向を定めたり、枝を整理したりという葡萄の管理、土壌や下草の管理などの作業は基本的に一人でやってきた。
葡萄栽培歴は19年間という経験はあるが、この広さの、しかも斜面の畑を一人で管理することは容易いことではない。
効率を求めて作業をマニュアル化はせずに、畑に身を置き、畑に吹く風、葡萄に注がれる陽光を体で感じながら、一つひとつの葡萄を見て、じっくり考えながら作業を進める。
ほんの僅かな作業にも理由があるからだ。
たとえば葡萄をハサミで切る作業でも感受性を研ぎ澄まし、その感触を大事にする。もしも枝が弱いと思ったら、残す芽を減らして葡萄樹への負担を減らしてやるのです。
葡萄が根を下ろす土の状態にも気を配る。土を踏み固めないようにトラクターの使用を年に1回に限定。さらには、土の中の微生物の層を壊さずに、酸素を入れ込むため、春には、土の表面を刃のようなものでひっかく作業も欠かさない。
こうした仕事の積み重ねによって、畑にも変化が生まれた。
4年前に訪問したときに比べると、葡萄の葉は生き生きとして張りがあり、病気も減った。桒原さん自身、昨年、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、そしてピノノワールなどの葡萄を収穫した際に手応えを感じたという。
私が初めて桒原さんと出会ったのは16年ほど前に遡る。
ココ・ファームで葡萄栽培に携わるようになって2年目、彼は26歳だった。少年のような面影を残しながら、先輩や大御所とも言える造り手に臆することなく次々と質問を投げかける姿を今でも鮮明に覚えている。
そんな彼も今や41歳。
畑や蔵でワイン造りを語る言葉、そして佇まいからは信念が滲み出る。振り返ってみると沸々と湧いてくる数々の疑問をそのままにせず、他者や自分自身に問いかけることを続け、考え続けてきたから、今の彼があるのだと納得できる。
桒原さんは、来年、畑を4haに拡大する。
フランスのジュラ地方原産の品種のサヴャニャンなども植える。将来、これらの品種から生まれるワインにも期待が膨らむ。またエッグタンクと呼ばれる卵型のコンクリートタンクを取り入れて、野生酵母がより働きやすい環境でのワイン造りにも挑戦している。
さらに、糠地一帯で葡萄を育てる他の造り手たちからの委託醸造も引き受け、地域のワイン造りへの支援も惜しまない。
造り手はワイン造りの真髄をずっと追い続けている
と桒原さんは語る。
これからも、畑に立ち返りつつ、ワイン造りでさらに高みを目指し、糠地という土地のワイン造りの核となっていくに違いない。
くわばら・かずと●1981年生まれ。2004年にココ・ファーム・ワイナリーに入社、長く栽培担当を務める。20年、ココ・ファームで知り合った妻の亜也子さんの父が営むテールドシエルに入社、現職に。
文:鹿取みゆき 撮影:木村文吾
信州の野菜、肉、魚などの食材を供す、ファーム・トゥ・テーブルのフレンチレストラン。 主人の青木丈さん自身も小諸出身で、軽井沢の万平ホテルなどの名リゾートで腕を磨いた。ワインは希少な日本ワインを数多く揃え、中でも長野産ワインの品揃えは格別。信州のテロワールを、食材とワインのマリアージュで満喫できる唯一無二の拠点となっている。リーズナブルな価格にも心意気を感じる。
●2019年2月21日オープン。コースは、ランチ3,300円〜、ディナー4,400円。日本ワインは、グラス8種類あり500円〜。ボトルは4,000円〜。https://www.instagram.com/croissance_221/
北国(ほっこく)街道という古い街道沿いの、築100年の土蔵をリノベーションしたピッツェリア。主人の市川貴廣さん・未苗さん夫妻は、アドリア海に面したリミニという小さなイタリアの海辺の街の、地元の人たちが集う食堂の味と雰囲気に惚れ込み、通うこと10年。もっちりとした全粒粉のピザ生地に、なんでものせて焼き上げるおおらかなスタイルのイタリアの田舎のピザを再現している。地産地消が基本、長野ワインも多数あり。
●2020年オープン。ピザはマリナーラ1,100円〜。日本ワインはボトルのみ。テールドシエルのワインは2023年のリリースより取り扱い開始予定。https://www.instagram.com/cittaslow.komoro/