新時代の日本のワイン造りの最前線を、ワインジャーナリストの鹿取みゆきさんが追っていく新連載。 第一回目の長野・小諸「テールドシエル」桒原一斗さんは、煌めくエキス感、伸びやかな酸と静謐感があるシャルドネで一気にワインラバーたちの心を魅了しました。そんな桒原さんのワイン造りへ込めた思いを聞きました。 ※この連載はdancyu本誌にもダイジェストを掲載しています。
テールドシエル=天空の大地、という名の通り、ワイナリーがあるのは標高950mの斜面。これは日本でも例外的な標高の高さになる。
「標高が高く、斜面にある畑では、吹く風は冷たいが、陽の光は強い。
昼夜の寒暖差も大きい。ここなら酸が落ちることなく、葡萄のゆっくりとした成熟が可能になる」
この糠地という地区を初めて訪ねた時、桒原さんの心は躍ったという。
近年、世界中のワイン産地は気候変動の脅威にさらされている。
「50年後にはブルゴーニュでロマネ・コンティが造れなくなるかもしれない」。2018年のマスターオブワインのシンポジウムでは、Wine Grapesの共著者でもある著名な研究者がこう発言した。より北へ、より高い標高へと、冷涼な土地を求める造り手も出てきた。
日本とて例外ではない。
気候変動の影響を受け、高温障害、酸の低下などが問題となっている。他の土地に比べて夜温も低く、冷涼な標高の高い糠地では、これらの問題に悩まされることもない。
この地のテロワールをワインに映し出すために、桒原さんが目指しているのは、どんなワイン造りなのだろうか?
「何も足さず、何も引かずに、葡萄のみからワインを造りたい。人がなすべきは、葡萄がなりたいワインになるように見守るだけ」
と桒原さんはいう。
つまり発酵は、葡萄の木、畑の土、そして畑を飛び回る虫たちに住み着いている野生酵母に委ねる。例えば白ワインなら、培養酵母を加えずに、房ごと搾った果汁が自然に湧きつくのを待つ。発酵を促す添加物は一切加えないし、味わいを調整するために糖や酸を加えたりもしない。
通常、ワインに添加される亜硫酸も無添加だ(亜硫酸無添加のことを”サンスフル”、正確にはsans sulfites ajoutesと呼ぶ造り手たちもいる)。
亜硫酸は、ワインにとって不具合な微生物の活動を抑えたり、ワインの酸化を防いだり、色素を安定させたりするなどの効果があると言われている。
しかし桒原さんは
「たとえ少量でも亜硫酸を加えてしまうと、ワインを飲んだ時、思い浮かべられる景色が狭まってしまう」
とあくまで「何も足さない」ことを貫いている。
もちろんそのための努力は怠らない。
ワイナリーでは、果汁の移動を短くするため導線を工夫する。葡萄やワインに負担がかかるポンプはいっさい使わず、基本的には重力によって移動させる。さらには温度管理を徹底するなど、繊細な気遣いを積み重ねている。
人がコントロールするのではなくて、あくまで葡萄に寄り添う。
次回は、そんな桒原さんが、一番大切にしてるという畑の仕事について見ていきたい。(vol.3に続く)
文:鹿取みゆき 撮影:木村文吾