ワイン造りの本質は畑に出て、葡萄を育てることにあります。 いま、そんな本来のワイン造りの原点を見つめ、その土地の「風土」が持つそれぞれの味わいを表現しようと試みる造り手たちが、この日本でも続々登場しています。 そんな新時代の日本のワイン造りの最前線を、ワインジャーナリストの鹿取みゆきさんが追っていく新連載。 トップバッターは、長野・小諸でシャルドネなどのワインを造る、「テールドシエル」桒原一斗さんを取り上げます。 ※この連載はdancyu本誌にもダイジェストを掲載しています。
フランスでは、自ら葡萄を育てる農夫のことを「ヴィニュロン」と呼ぶ。
かつては、農夫と言っても貧しい農夫を意味していたが、最近では、世界中でこの言葉が使われるようになり、意味合いも自分で育てた葡萄でワインを造る人という広義になった。そしてヴィニュロンと自らを名乗るときには、その言葉の端々に、丹精をこめて自身で育てあげた葡萄でワインを造っているという誇りが見え隠れする。そして、今、日本各地にヴィニュロンと呼べる造り手たちが増えている。
昨年末、彗星のごとく登場した桒原一斗さんもその一人。長野県小諸市の新進気鋭のワイナリー「テールドシエル」の栽培醸造責任者だ。
2021年の年末から22年の初めにかけて、彼自身が育てた葡萄で造られたワインが世に出た。ラインナップは、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ノワール、そしてシャルドネなど全部で6アイテム。
ソーヴィニヨン・ブランには、ほんのりと感じられる白トリュフの香り、生き生きとしたフレッシュさ、様々な要素が溶け合ったとろんとした質感。ピノ・ノワールには、妖艶さ漂うベリー系の香り、食欲をそそる味わい深さ。中でもシャルドネの、凝縮感と緊張感、輝きのある果実味、伸びやかな酸が続く静謐な余韻には驚かされた。
それぞれエキス分に深みがあり、体に沁み渡るよう。
私自身、一口に飲んでその味わいに魅了された。それまでは無名に近い存在だった桒原さんだが、ワインと共に瞬く間にその名は知れ渡った。
ワインを造った桒原さんはどんなワイン人生を歩んできたのだろうか?
ワイン造りの片鱗に触れたのは2000年。休日に、栃木県にある「ココ・ファーム・ワイナリー」の自社畑での作業にボランティアとして参加したのがきっかけだった。
4年後、前職を辞して同ワイナリーに就職。栽培担当者として、ワイナリーの自社畑の栽培、およびワイナリーが契約する畑の葡萄栽培に関わるようになった。
桒原さん23歳の春だ。
「ココ・ファーム・ワイナリーでの日々は、心身ともに充実していました」
当時、ココ・ファームでは、日本の造り手たちに多大な影響を与え続けているブルース・ガットラヴさんが采配を振っていた。
ブルースからの薫陶を受け、桒原さんは、ワインはテロワールを映し出すものと考えるようになった。テロワールとは葡萄を育む土地、例えば気候や土壌、育む人、そして品種といった葡萄そのものすべて含む風土のようなものだ。
さらに、ブルースが集めてくる世界中の様々なワインにも出会うことができた。その中には、日本では知名度が低かったナチュラルワインも数多く含まれていた。
ワイナリーの母体は「こころみ学園」という知的障害者のための雇用と生活の施設だ。桒原さんの葡萄やワインとひたすら向き合うという姿勢は、実直に働くその園生たちとの日々から培われた。そして09年、桒原さんは栽培チームのリーダーになった。
そんな彼に転機が訪れる。ココファーム時代に知り合った伴侶の父、池田岳雄さんが、長野県小諸市に15年に葡萄畑を開園、さらにワイナリー、テールドシエルを立ち上げたのだ。桒原さんは、ココ・ファームを退職して、義父のワイナリーの一員として栽培と醸造を担うことになった。
懸命に頭と体を使い、ひたむきに自分自身のワイン造りと向き合う日々の始まりだ。(vol.2に続く)
Terre de ciel
【住所】長野県小諸市滋野甲4063‐5
【電話番号】0267‐41‐6671
【HP】https://www.terredeciel.jp/
※ワイナリー・畑見学は受け付けていない。
文:鹿取みゆき 撮影:木村文吾