「ゆううん赤坂」では、ワインの味わいだけでなく背景までも愉しませてくれる。店主の友岡良介さんは自らワインを輸入し、味わいの先にある生産者の手と顔と想いを知っているからだ。東京は赤坂、今宵はどんな物語でグラスを傾けようか。家族で営むドイツワインバーのこと。
暖かな照明、店にはジャズの音楽が軽やかに流れる。そんなゆったりとした寛ぎ空間のなか、店主の友岡良介さんのサービスは、とても柔軟だ。たとえば「こんなものを飲みたい」と希望を伝えると、ボトルを開けてグラスで供してくれることもある。
友岡さんはクラシックやロック、ジャズなどジャンルを問わず音楽全般が好きで、大学時代に音楽愛好家の憧れであるドイツ・ベルリンで1年を過ごした。中央大学大学院で日本語とドイツ語の比較言語学を修めたあと再び渡独、そのときドイツワインの販売に3年携わった。
この日は、「ドイツのラインヘッセンに行ってきたんですよ。なにかありますか」と聞くと、1本のワインを手に戻ってきた。リサ・ブン醸造所のリースリング。イラストが描かれた、現代的なラベルが目を惹く。
「このワイナリーの当主はリサさんという女性醸造家なんです。ワイン造りに加えて、2児の母として忙しく奮闘している。そんな彼女の人柄が、ラベルにも表れています。すごく茶目っ気のある女性で、銘柄名も少しひねってあるんですよ。ラベルに書いてある『fleißiges Lieschen』というドイツ語は、“一生懸命なリサちゃん”といった感じの意味ですかね」
ワインは、味を追求するだけではない。その背景にある物語をも私たちは同時に飲む。生産者の横顔、そしてぶどうが栽培される土地の風土とともに。
「美味しいですね」というと、友岡さんはうれしそうな笑顔を見せた。
「これはニアシュタインという村でつくられています。赤土の土壌だからストラクチャーはしっかりしているけれど、ミネラルもあるので軽快に飲み進められるんです」
次に供されたのは、ベルンハルト醸造所の甘口のリースリング。熟したアプリコットの香り、たっぷりした旨味と甘味が口中に広がる。けれど決して重すぎず、美しい酸に支えられているから、余韻もきれいだ。
「17世紀に設立された、ラインヘッセンで最も古い歴史を持つ醸造所のひとつです。現当主のハートムート・ベルンハルトさんは11代目。典型的なドイツ人というか、昔ながらのワイン造りをする保守的で職人気質なタイプ。ドイツワインは近年、辛口志向になっていますが、甘口もやはりドイツならではの魅力です」
友岡さんが生産者の素顔に精通しているのは、自ら輸入に関わっているゆえ。ワインインポーターを設立して13年、レストランを開業して8年。ワインリストに載るのは9割が自社輸入ものだ。
「うちは家族経営なんです。店の料理は姉が担当して、母もときどきサービスを手伝ってくれる。事務や経理は父の仕事です。だからワインも大手ではなく、同じように家族経営の造り手を選んでいます。家族同士で商売をやるような感じです。ドイツに行けば、生産者の家に泊めてもらうこともありますしね」
メニューに載るドイツやイタリア料理はもちろんだが、デザートとワインのマリアージュも意外性があり、愉しい。デザートは、ドイツの国家公認菓子職人マイスターの資格を持つ大谷千栄さんに依頼している。
「それほど甘いお菓子ではなく、素材の風味を大切にしているので赤ワインや甘口の白と合わせられます。デザートだからコーヒー、という常識とは違う提案をしたいと思っています」
日々ワインを開け、客に飲んでもらい、ワイナリーのファンを増やしていく。それがなによりの悦びと、友岡さんは語る。その手ごたえが、明日への活力となる。
文:鳥海美奈子 写真:高橋昌嗣/鳥海美奈子