ドイツワインを知りたければ「CASSIEL」に行こう。90種類以上のワインと、小気味よいおつまみが愉しめる。もちろんワインの持ち帰りも可能だ。11年間、ドイツで暮らした店主の森彩さんに訊けば、ドイツワインの”いま”も丁寧に教えてくれるだろう。「CASSIEL」の門戸は誰にでも開かれている。
小田急線経堂駅から徒歩わずか2分ほど。小道に入ると、ブルーグレーの壁に「CASSIEL(カシエル)」の文字と、天使のロゴデザインが浮かび上がる。なんの店だろうと、ふと足がとまる人も多いに違いない。
「店名は大好きなドイツ映画『ベルリン天使の詩』から取りました。主人公の天使の名を拝借したんです。本当はドイツ語の名前にしたかったんですけれど、濁音が多いので、もう少しやさしい語感の言葉を探していたときに、ふとこの映画を思い出しました」
店主の森彩さんはそう話す。その印象的なロゴデザインは、友人であるミック・イタヤさんに依頼した。「ユニクロ」創業時のビジュアルを手がけた、知る人ぞ知るアーティストだ。
「天使のロゴデザインは、口にくわえているのがぶどうの実、髪飾りはぶどうの花、髪の毛の部分は店名になっています」
確かに、いかにも西洋人らしい天然くるくる髪をよく見ると、「CASSIEL」とそこには書かれていた。
ここはドイツワイン専門店。店内はきわめてシンプルではあるけれど、そこかしこにアートセンスをうかがわせる洗練が潜む。そして、肝心のワインリストもまたビビットだ。ビオや若手生産者など“いま”の空気を感じさせるモダンドイツワインが揃う。
常時10種ほど用意されているグラスワインは50ml、100ml、150mlから選べる。50mlはテイスティング感覚でいくつかのワインを同時に頼み、飲み比べるのが愉悦。さらに100mlと150mlだと、小さなつまみがつく。
季節によって異なるつまみは、この日は枝豆と豆腐の「冷製すりながし」、そしてチキンスープを使った洋風「きんぴら」など。連れとグラスワインを各人2杯ずつ飲んだら、たちまち4種のつまみがテーブルに並んでしまった。その気軽なバル的雰囲気に、ココロ浮き立つ。
「私がドイツに住んでいた頃は、食事とドイツワインを普通に楽しんでいたんです。でも日本に帰ってきたら、ドイツワインはまだまだ甘口、というイメージで。それって現地ではもう20~30年前のトレンドなんですよ。食べつつ飲む、というのを気軽に体験していただきたくて、おつまみもつけることにしたんです」
現代のドイツワインは辛口で繊細。だから、和のテイストを取り入れたおつまみともよくマリアージュする。
森さんは三越百貨店のフランクフルト支店で、6年間にわたりドイツワインを販売した。ドイツには計11年間在住。帰国後、飲食店の経験がなかったゆえワインの小売のみをやろうかとも考えたが、やはり“食事とドイツワイン”の魅力を伝えたいと、飲食店を併設した形に決めた。2019年2月、「CASSIEL」はこの地に誕生した。
店内にはワインセラーがあり、90種ほどのワインのなかからボトルを購入してもいい。そのまま店で飲めば、グラス代としてひとり330円追加するだけ。こんな使い勝手のいい、ワインリストも魅力的な店が最寄り駅にあったなら。そんな想いがよぎった瞬間、否定する。いやいや日々、家路が遠くてタイヘンではないか。そんな断片的思考をぐるぐると巡らせながら、酩酊の淵へと落ちていくのだった。
文:鳥海美奈子 写真:kobayashiworld