ドイツで造られたスパークリングワインは一般的にゼクトと呼ばれる。なかでも小規模生産で高品質なものは”ヴィンツァーゼクト”と名乗ることを許される。ドイツ人が愛し、育んできたゼクトは、彼らのクラフトマンシップによって次のステージへと進もうとしている。
ドイツ人は、泡立つ酒が大好物である。全世界で生産される24億本のスパークリングワインの実に約16%を彼らは消費している。ドイツの人口は約8300万人と、日本の2/3に過ぎないから、まぎれもなく世界最大のスパークリングワイン市場のひとつである。
歴史を紐解くと、シャンパーニュの有名メゾンとドイツ人は所縁が深い。ドゥーツ、ボランジェ、クリュッグの名門はいずれも19世紀前半にドイツ人が設立に関わった。シャンパーニュメゾンにおいては、熱心で堅実でクラフトマンシップに貫かれた、ドイツ人的精神が必要だったのだ。
ドイツは16世紀にルターによる宗教改革が興り、厳格なプロテスタント思想が芽生えた地。享楽も受容する“カトリックの長女”のフランス人とは、人生観や仕事に対する姿勢がまったくもって違うのである。
そんな歴史的経緯があるから、ドイツでも至極当然、盛んに「ゼクト」という名の泡立つ酒が生産されている。しかし、かつてはゼクトの生産量の9割近くは大手の酒造メーカーの大量生産品が占めていた。
そういった現状のなか近年、注目を集めているのは小規模生産者で品質と味わいを追求した「ヴィンツァーゼクト(Winzersekt)」だ。「ヴィンツァー」とは「ワイン農家」の意味であり、それを名乗るためには自分の栽培したぶどうのみを使い、シャンパーニュと同じ本格的な瓶内二次発酵を行うことなどが定められている。ラインヘッセンでその先駆者として知られるのがラウムラントだ。
ゼクトの頂きに立つ男。ゼクトの帝王。そんな異名を聞くと強靭なドイツ帝国的マッシフな男の人を想起しちがちだけれど、当主のフォルカー・ラウムラントさんは愚直に、ただひたすら真面目に、ゼクトに取り組む。
2004年版「ゴーミヨ・ドイツワインガイド」で、初めてゼクト部門の上位にランキングされると、それ以降は連続で1位の座を掌中にしている。つまりは、圧倒的存在と価値を誇る人なのだ。
ゼクトの生産者のなかには、熟成感のあるシャンパーニュ的な味わいを志向する人が多い。しかし、フォルカーさんが目指すのは北の地域らしいフレッシュさとフルーティさ、さらにはシャンパーニュにも負けない熟成感という両者の融合だ。
「ぶどうの収穫は通常より2週間早くしてフレッシュさや酸を保ちます。さらにぶどうの収量を40hl/haに抑えることでワインの味わいの質を上げます」と話す。ぶどうの収量は少ないほど果汁には凝縮感が出て、良質となる。シャンパーニュの大手メゾンではラウムラントの2倍近くの収量を採るところも多々あるから、彼がいかに質を重視しているかはこの数字だけでも一目瞭然だ。さらに、一般に“門出のリキュール”といわれる糖分添加もしないゼロ・ドザージュ。それはきちんと高品質なぶどうを使っている事実を雄弁に物語る。
シャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエというシャンパーニュと同じぶどう品種に価値を求めるラウムラントに対して、アロマティックなドイツならではのぶどう品種に価値を求めるのがホフマンだ。
「伝統的なドイツのぶどう品種、最近では忘れ去られつつあるミュラー・トゥルガウに新しい命を吹き込みたいと考えて、2009年からゼクトを造り始めました。フルーティでアロマティックな味わいが最大の魅力です」と、当主のユルゲン・ホフマンさんは語る。
現在、安くて気軽でシーンを選ばず友だちと飲めるスパークリングだと、世界的にイタリアのプロセッコが流行している。それは泡立つ酒を愛するドイツ人もまた同様だ。けれど、人気になるにつれてプロセッコは近年、量産に走り、品質低下が問題視されるようになった。
ホフマンさんのスパークリングはそのプロセッコと同じく、大きなステンレス製の密閉タンクのなかで二次発酵する。デイリー価格に設定されているペールヴァイン=パールワインは、飲むとリンゴや梨をそのままかじったようなジューシィさとフレッシュさが口中いっぱいに広がり、なんとも心地いい。その泡はニューヨークやベルリンなどいま最も感性が高いといわれるワインバーのソムリエたちに高く評価されている。今宵もまた、世界のワイン愛好家たちがその味の魅力に、したたかに酔っていることだろう。
――つづく。
文:鳥海美奈子 写真:German Wine Institute/高橋昌嗣/鳥海美奈子