ドイツワインの轍。
ドイツワインに広がるボーダーレスの波。

ドイツワインに広がるボーダーレスの波。

1980年代、甘口ワインの名産地だったドイツ。2000年以降、温暖化とともにフランス系ぶどう品種の栽培が増え、同時にビオワインの波もやってきた。ドイツワインの未来を担う若者たちにとって、それは新しい時代をつくるチャンスであった。

ドイツのシャルドネとソーヴィニヨン・ブラン。

ミクロクリマとモザイク土壌のラインヘッセン。その母なる大地は、多様なぶどう品種を受け入れる揺りかごでもある。この地では、実に約100種ものぶどう品種が栽培されていると聞いて、目を瞠った。

トゥーレのシャルドネとソーヴィニヨン・ブラン
料理にも合うワインを目指して造られた。トゥーレ「シャルドネ」「ソーヴィニヨン・ブラン」。

近年、右肩あがりに生産量が増えているのは、良質な辛口ワインの原料となる品種である。たとえば白ならピノ・ブラン(ヴァイスブルグンダー)、ピノ・グリ(グラウブルグンダー)、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン。
それに対して、甘口のリープフラウミルヒなどの原料として栽培されていたミュラー・トゥルガウ、ケルナー、シルヴァーナーは減少しつつある。

2000年と2018年を比較して、その栽培面積の伸び率をみるとピノ・グリは4.5倍、ピノ・ブランは3倍、シャルドネは4倍増。2000年にはまったく植わっていなかったソーヴィニヨン・ブランも、2018年は427haにまで増えている。

トゥーレ兄弟とバリック
右がトゥーレ醸造所の栽培醸造責任者の兄・ヨハネスさん。左はマーケティング担当の弟・クリストフさん。シャルドネとピノ・ノワールにはフランス産のバリックも使う。

ラインヘッセンの若手注目株として近年、話題のトゥーレ醸造所。洗練、モダン、先駆的。そんな言葉がこれほど似合う生産者はいない。
2019年に新設されたばかりのワイナリーのテイスティングルームは一面眩いガラス張りで、そこからは美しく波打つぶどう畑を一望することができる。
そしてリースリングは当然ながら、シャルドネやソーヴィニヨン・ブランの評価も高いという点がまた現代的だ。2006年に父の跡を継いだ栽培醸造責任者であるヨハネス・トゥーレさんはこう話す。
「ドイツの行政機関により、シャルドネが栽培許可品種として登録されたのは、1994年のことです。私たちの畑は石灰質土壌で、シャルドネの名産地ブルゴーニュの土壌とよく似ている。それで私の父が当時、ブルゴーニュのシャルドネのクローンを植えたんです。だからシャルドネの樹齢はすでに20~25年に達しています。ソーヴィニヨン・ブランに関しては、私が南アフリカで研修をしていたとき、そのポテンシャルの高さに気づいて、ドイツでもつくりたいと考えました」

トゥーレの石灰質土壌
兄ヨハネスさんはビオディナミを実践する生産者ヴィットマンで修業。2006年に継いでから、除草剤や化学肥料の使用をやめるとワインの質が劇的に上がった。

徐々に芽吹く未来への可能性。

近年、革命を起こしたラインヘッセンの若き生産者たちの多くはフランスのブルゴーニュやカリフォルニア、南アフリカといった国でワイン造りの経験を積んでいる。彼もまた例外ではない。
「100年前、ドイツワインは世界で最も高価なワインのひとつでした。私たちはそれをもう一度、取り戻したい。今後は国内外でさまざまな経験を積んだ若手が、ドイツワインの新たな未来を担っていくことになると思います」

トゥーレワイナリー①
2019年に新設されたワイナリー。トゥーレのワインボトルが美しく飾られている。
シュテンペル「ジーファースハイム ヴァイスブルグンダー」2017年。
シュテンペル「ジーファースハイム ヴァイスブルグンダー」。ヴァイスブルグンダーとはピノ・ブランのこと。最も古く最上の畑の2区画をブレンド。完熟ぶどうの果実味とミネラルがあり、完璧なストラクチャー。

外を知ることで内を知り、ドイツワインの長所にも欠点にも気づく。そして初めて、新たな地平の扉をおし拓くことができるのだろう。
ラインヘッセンでこうしたフランス系品種が増えたもうひとつの理由には、地球温暖化も関係している。ぶどう栽培の北限に近いドイツでも、以前は難しかった品種が今は栽培可能になっている。

ピノ・ノワールを飲むヨハネス・トゥーレ①か②いずれかを使用
この地で17世紀から続くワイナリー、トゥーレ醸造所。ヨハネスさんはまだ30代半ば。今後、さらなる飛躍が期待される。

ドイツ全体で力を入れているのがいわゆる「ピノ・トリオ」。ピノ・ブラン、ピノ・グリ、そしてピノ・ノワールである。やはり有名生産者であるシュテンペルはピノ・ブランにも熱情を注ぐ。ピノ・ブランはアルザスでは柔らかさが特徴的な品種だが、ピュアでフレッシュ、果実味の奥に洗練されたミネラルや酸も感じられて、冷涼地域らしい魅力に満ちている。
さらにピノ・ノワール(シュペートブルグンダー)も以前は痩せてただ酸っぱかったり、そうでありながら樽香をしっかり効かせすぎていたりと、どこかちぐはぐな印象がぬぐえなかった。けれど現在は温暖化でぶどうがきちんと熟すのに伴い、良質さをそのまま生かしたきれいな飲み口のものが増えている。高品質ながら、ブルゴーニュなどと比べると安価。やがて世界垂涎のピノ・ノワールとなる。その日はそう遠くはないだろう。

――つづく。

文:鳥海美奈子 写真:German Wine Institute/鳥海美奈子

鳥海美奈子

鳥海美奈子 (ライター)

ノンフィクション作品の共著にガン終末期を描いた『去り逝くひとへの最期の手紙』(集英社)がある。2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在、文化や風土、生産者の人物像とからめたワイン記事を執筆。著書に『フランス郷土料理の発想と組み立て』(誠文堂新光社)。雑誌『サライ』(小学館)のWEBにて「日本ワイン生産者の肖像」を連載中。陽より陰のワインを好みがち。