世界中に数多くあるリースリング種で造られたワイン。中でもドイツのリースリングは、多くの人を魅了している。ぶどうが育った環境によって表情を様々に変え、一杯ではとても味わいきれない奥深さがあるからだ。
精緻なミネラル、エレガントな酸味とほのかな甘味が調和する世界。ドイツのリースリングの魅力をたとえるなら、こうなる。けれど、その味わいは同じリースリングでも表情がさまざまに違う。ときに堅牢。ときに柔和。ときに肉づきよくグラマラス。ときに引き締まり緊張感に満ちている、といったように。
リースリングというぶどう品種の大きな特徴は、土壌や気候といったテロワールそのものが味わいへと素描されること。ドイツ現地で毎年8月下旬に行われるグラン・クリュの大試飲会では、リースリングだけで300種類もの銘柄が並ぶ。
それを1日かけてテイスティングしていく。飲まずに味見だけして吐き出すとはいえ、いや、飲むのはときどきとはいえ、舌や口腔などの粘膜、呼気からもわずかずつ微量のアルコールは摂取されていく。カラダはボディブローを受けたようにゆるりと疲弊し、侵食されていく。
でも飲んでも飲んでも、いや違った、試飲しても試飲しても、むしろそのワインごとの差異はグラデーションのように際立っていく。リースリングの深淵なる世界。
ラインヘッセンという地域の土壌は、モザイク状になっている。だから必然、土地ごとにリースリングの味わいも異なる。ラインヘッセン全体に広く分布しているのは、ドイツ語で「レス」と呼ばれる石灰質をふくんだ黄土。
黄土は氷河などに堆積していた岩粉が風によって運ばれてきたもので、見ると実際にやや黄色みをおびている。手に触るとさらさらと崩れるほど軽く、水はけよく、やや肥えた土壌と言われる。
このテロワールからは、繊細さと透明感、柔らかな味わいのリースリングが生まれる。言うなれば、麦わら帽子をかぶった、やさしく素朴な美少女といった趣だ。
ドイツではVDPという生産者団体が独自に畑の格づけを行っていて、それは地域により3〜4段階に別れる。その格づけのもと、ラインヘッセンで特級畑が連なる地として名高いのがローター・ハングだ。東部のナッケンハイム村からニアシュタイン村にかけて広がる一帯で、そこに佇めば、遥か眼下に、ライン川が悠々と流れる様を見ることができる。
“父なる川”とドイツ人が愛着とともに呼ぶその川面に向かって斜めに落ちこむ畑は、歩くのすら困難なほど。
ここで日々、畑仕事にとりくむ生産者の苦労はいかばかりかと、深く嘆息する。ローター・ハング、とは“赤土の急斜面”という意味で、本来は地下深くにあった2億9000万年前の赤底統の地層が断層により露出したところ。土はその名のとおり赤い色をしている。
この土壌から育まれたリースリングは黄色の果実やスパイシーな香りがグラスいっぱいに立ち昇り、華やかで、ボディもしっかりしている。グラマラスで艶やかながら、気品ある女性といった感じだ。生産者グンダーロッホの「レッドストーン・リースリング」はその代表格である。
一方で、南にある特級畑は約2300万年前は海底であり、サンゴ礁が結晶したことにより形成された石灰質土壌が広がる。貝殻の化石などもときおり探すことができて、畑を歩くと、まるで宝探しのようで愉しい。
そのひとつ、ヴェストホーフェン村にはモアシュタインという世界的に有名な銘醸地がある。そこから生まれるヴィットマンの「ヴェストホーフェナー・リースリング・トロッケン」は緻密で伸びやかなミネラルと美しい酸に貫かれ、あと味には塩味も感じられる。背筋のぴしっと伸びた、ピュアで澄んだ瞳の美女を連想させる。
さらに、ラインヘッセン西部のジーファースハイム村近辺には火山性の斑岩や鉄分を含んだ片岩があり、そのリースリングは熟した果実とボリューム感、強靭なミネラルに裏打ちされたテンションの高いものとなる。
シュテンペルの「リースリング ヘーアグレッツ」はそんな味わいの魅力に満ち、火山性土壌のポテンシャルを充分に謳いあげる。美貌と自信に溢れた、モデルタイプのパワフルな女性といったところか。
飲み比べてみると、それぞれに個性がまったく違う。それはワインが単なる酒ではなく、まぎれもない文化であることの証左だろう。ひとつのことを極めたいと、なにかに挑戦した経験のある人なら、そのワインの穿ちがどれほど深く底知れないかは容易に想像がつくだろう。
――つづく。
文:鳥海美奈子 写真:German Wine Institute/鳥海美奈子