麺店ポタリング紀行
幸福の黄色いオムライス。

幸福の黄色いオムライス。

忌野清志郎さんの愛車は「オレンジ号」。だからなのか、自転車乗りはオレンジ色の庇テントに心を奪われた。黄色いハンカチは飾られていなかったけれど、ショーウインドウに鎮座する黄色いオムライスが手招きしていた。刹那、夕方まで長崎の町をポタリングすることが決まった。

悔いを残さず、ごはんも残さず。

6年前、たまたま出会って、妙に通じ合った人から薦められた店「太源」でラーメンを食べると、「まさにこれ!」とピンポイントで僕の好みに合った。以来、またいつかと思い続け、今回やっと再訪が叶ったのだが、店主の話を聞いていると、お姉さんが阿佐ヶ谷で店をやっていて、ちょくちょく行っているらしい。阿佐ヶ谷は僕が住んでいる町だ。やっぱりな、となんだか居心地のいいものを感じた。

太源
「太源」のまわりは鉢植えだらけ。お客さんからよくもらうそうです。

風に身を任せるように旅をすると、偶然が日常になる。すると“不思議な偶然”も増えてくる。人に再会したり、話していると共通の知人がいたり。
自転車で世界をまわっていた頃、同じく自転車で旅をしていたTという日本人とたまたまネパールで会った。まだスマホもSNSもなく、ネット自体がいまほど普及していなかった時代だ。その約3ヶ月後、タイでまたTに会った。さらにその約1ヶ月後、再びベトナムで会ったときは、互いに「やっぱり」とニヤニヤ笑った。会うヤツには会う。ふたりとも長旅をしていたので、そういうのには慣れっこになっていた。
意味のある偶然を、“縁”と呼ぶのだろう。そうじゃない、不思議なだけの偶然も多数ある。それらもひっくるめて、すべて細い糸でつながっているように感じられる。特段の意味はない。ただ、おもしろい。旅に出ると、その“糸”の存在を、疑わなくなる。
阿佐ヶ谷という町も、そう。糸に引かれるように、この町に居ついた。まったく逡巡しなかった。アパートに住み始めた頃、Tに久しぶりに連絡をとったら、彼も偶然阿佐ヶ谷に住んでいた。会いにいってみると、歩いて3分ほどで彼のアパートに着き、互いの顔を見てニヤニヤ笑い合った。

「太源」を出ると、夕方の気配が立ち込めていた。時計を見ると、午後3時過ぎ。2時間以上も店主と喋っていたらしい。
さあ、どうしよう。ラグビーワールドカップに備えてすぐに帰るつもりだったが、もう少しこの商店街に浸っていたいな、と思った。気になる店もあったのだ。昼過ぎにその前を通ったときは、多くの客で賑わっていた。

オレンジ色の庇テント
やっぱりオレンジ色の庇テントには惹かれます。その上、このロゴだもんなあ。スルーできません。

行ってみると、明かりが消え、《準備中》の札が出ていた。昼休みらしい。
あきらめて帰るかな、と一瞬思ったが、見ているうちに、ここに寄らずに帰ると後悔するような気がしてきた。商店街を散策して時間をつぶそうか。
食品サンプルを見ると、オムライスにロックオンされた。

食品サンプル
食品サンプルにワクワクするのは、デパートの屋上遊園地に思い入れのある世代ならではでしょうか。

そこを離れ、網の目のように広がる商店街をポタリングする。ほかにも気になる店が続々現れる。

なんて読むかわかりますか?
なんて読むかわかりますか?検索したら山口県の学校の名前にこの字が見られました。
畳屋
この畳屋のような店が、昔はずらりと並んでいたんでしょうね。そんな在りし日の光景を想像すると、なかなか乙です。

踏切を越えると、線路の南側にも商店街が広がっていた。
いまは店がまばらで、商店街としては有名じゃないかもしれないが、すごい規模だ。“お宝”も随所でいぶし銀の光を放っている。

西武池袋線
西武池袋線の黄色い車両が来ると、ますます昭和風情が漂いますね。
スポット昭和
キタ~!“スポット昭和”の完全形!団平のおっつぁんがくだをまいてそう!

令和のナガサキ・ゴールドラッシュ。

東長崎駅に来ると、ようやく賑やかな雰囲気になった。

商店街
どこに行ってもこの頃はラグビーワールドカップのフラッグに染められていました。

偏見に満ちた見解を書けば(それを言い出したらこのシリーズ全体がそうだけれど)、町の“健全度”は喫茶店でも測れる。駅前にス〇バ系しかない町には、僕はあまり住みたくない。
ここ東長崎駅の南側の商店街は、人肌の体臭があった。

外観
かなり古くからやっていそうですが、店長がいなかったので、創業がいつかは聞けませんでした。

店名も外観もいいが、入口の立て看板も気になった。ちょっと珍しいな。

看板
そっか。夕方に厚切トーストを食べちゃいけないという法はないよね。

自動ドアが開いた瞬間、大当たり~!と脳内でくす玉が開いた。

店内
もう目がハート。自転車用のスポーティーな恰好で来たことをちょっと後悔。

実際、ここは“お宝”の山だった。まっすぐのびる赤い“バージンロード”をおずおず歩いていくと、奥に日本庭園が見えてくる。

観賞用の窓から枯山水を眺めながら優雅にコーヒーをいただけます。

その庭に出ると、店とつながった古家があった。なんと大正時代の家らしい。

家
震災と戦火に耐えた家も、いまは店の倉庫になっている様子。

都内の商店街に、こんな異空間が広がっているのだ。知っていたら、「なるほど、これか」と“確認作業”になっていただろうが、何も知らずに店に入り、バージンロード、日本庭園、大正の家、と次々に展開されていったのだ。スゴイスゴイと小躍りせずにはいられなかった。

イブニングセット
「イブニングセット」。看板には480円とあったけど、増税後は530円に。

店舗情報店舗情報

珈琲 オリーブ
  • 【住所】東京都豊島区南長崎5-25-15
  • 【電話番号】03-3951-0801
  • 【営業時間】9:00~20:00
  • 【定休日】無休
  • 【アクセス】西武池袋線「東長崎駅」より1分

耽美的な空間で、静かにシャンソンを聴きながら(クラシックだったかな?)、濃いコーヒーをいただき、持ってきた文庫本を読む。いっぱしの文化人にでもなったような気分だ。
午後5時半。そろそろ頃合かな、と喫茶店を出た。
「キッチン長崎」に行ってみると、ちょうど店を開けているところだった。

店内
きれいに磨かれた店内は古さを感じさせません。

ノーアポを詫びつつ、取材を申し込むと、女将さんは「ちょっと待ってください」と奥に引っ込んだ。しばらくして店主らしきおじさんが眠そうな顔で現れ、「なになに?」と訊く。企画の内容と主旨を説明すると、店主は口元にシニカルな笑みを浮かべ、黙って聞いていた。独特な雰囲気の人だ。二代目で、店は55年やっているらしい。

キッチン
ジャッジャッとライスを炒め、卵にオン。流れるような職人の動きにしばし見とれます。

オムライスを注文する。
「家でもつくるんですけど、なかなかうまく巻けないんですよ」と言うと、「簡単だよ」と笑い、ひとつひとつ説明しながら軽やかにつくって見せてくれた。ほんと、見ていると簡単そうなんだけどね。

店主
皿に運ぶときもスキップするように軽快に歩く店主。
オムライス
オムライス600円。キャベツがいいですね。地域のお客さんの健康に気を遣っているようで。卓上には自家製ドレッシングも。

ふわふわの卵にスプーンを入れると、赤いごはんがパラパラと解けた。ひと粒ひと粒がいかにも油できれいにコーティングされていて、やっぱり軽やかな味わいだった。
むしゃむしゃ食べていると、「どこから走ってきたの?」と店主が言う。阿佐ヶ谷です、と答えると、店主は「へ?」という顔をした。
「はは、俺、阿佐ヶ谷にしょっちゅう行くよ。アパート持っているから」
「えっ、なんで阿佐ヶ谷に?」
ここからそう遠いわけじゃないが、杉並区、中野区、新宿区、豊島区、と4つの区をまたぐのだ。
「俺、日大二校に通っていたんだよ。6年間」
「ええっ?」
都内に何千とある学校の中で、最も僕の家に近い学校だ。たぶん、歩いて5分もかからない。

店を出るころにはすっかり暗くなっていた。自転車に乗って秋の風に身を任せ、商店街の明かりを眺めながら、僕はひとりニヤニヤ笑っていた。

――つづく。

店舗情報店舗情報

キッチン長崎
  • 【住所】東京都豊島区長崎4-27-5
  • 【電話番号】03-3957-5453
  • 【営業時間】11:00~15:00、17:00~21:00
  • 【定休日】火曜
  • 【アクセス】西武池袋線「東長崎駅」より3分

文・写真:石田ゆうすけ

石田ゆうすけさん.jpg

石田 ゆうすけ(旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。