麺店ポタリング紀行
ひとつ曲がり角、ひとつ間違えた。

ひとつ曲がり角、ひとつ間違えた。

自宅がある阿佐ヶ谷を9時30分に出発。2時間以上かかって、進んだ距離は半里ほど。徒歩じゃない。自転車に乗って、この体たらく。まるで喜劇じゃないの、ひとりいい気になって。そう思ってしまいます。迷い道くねくねしながら、目指すはどこ?

東京の西から東へ(行くつもり)。

秋の澄んだ空を見上げ、「よし、向島にいこう」と思った。
店は決めていない。現地で探そうと思う。あの辺りにはなんとなく、昭和風情たっぷりの麺屋もあるんじゃないかな。
なぜ向島だったのか。いちおう理由はあるのだが、いまとなってはわざわざ書く必要もなくなってしまった。なぜなら、たどり着けなかったからだ。
でも行く気満々だったこの日の朝は、9時半といつもより少し早めに出発した。僕の住む阿佐ヶ谷は23区の西側で、向島は東側だ。直線距離で約17km。でもいつものように気ままに横道に逸れ、適当に走りまわったら、何kmになることやら。ちなみに前回の人形町は、直線距離だと僕の家から13kmぐらいだが、行って帰ってくるとメーターの実走距離は62kmになっていた。

自宅を出て、まずは北へ向かう。駅とは逆側なので馴染みの薄いエリアだ。ちょっと走っただけで知らない小路が目についた。その路地に入る。小さな公園が現れた。自宅からすぐなのに初めて見る。

近所に見知らぬ公園がいきなり現れたら、現実の世界かな、なんて思いません?

公園を出ると、すぐに銭湯が現れ、エッ?と驚いた。周辺の銭湯はすべて把握しているつもりだったが、こんなに近くにあったのか……。阿佐ヶ谷に14年も住んでいて、気付かなかった。
自転車で世界をまわって、「世界って意外と小さいな」などといい気になっていたが、なんのことはない、自宅から徒歩圏内でも、世界は未知だらけなのだ。

でも、どこに銭湯があるのかな。家しかないような……。
集合住宅の奥にありました。昔は風呂なし長屋が並んでいたのかな?

訪れた町で銭湯を見ると、無意識にホッとする。町の人たちが裸で会する場だ。銭湯が残っている町は健全だな、なんて思ってしまう。
阿佐ヶ谷は銭湯が多く、それもこの町を気に入った理由だけれど、ここ数年で急激に減ってきた。上京当時、僕がよく行っていたふたつの銭湯はいまは両方ともない。ひとつは駐車場になった。

小路の十字路に出た。
“匂う”ほうに進む。
ひとり旅を長くしていると、おもしろいものを察知する能力がどんどん研ぎ澄まされていくように思う。たとえば僕の場合、世界一周中、アフリカ最高峰のキリマンジャロ山を麓の村から見ていたら、夕方、山頂の氷河や雪が光り始め、目が釘付けになった。呼ばれている。そう感じて衝動的に道具をレンタルし、4泊5日の登山に挑んでみると、11年前に日本一周の旅でお世話になった人にばったり山の中で会った。その再会以降、彼とは交流が続いている。

「ん?なんだこれ?」
道路沿いの生垣に門があって、手招きするように内側に開き、敷石が中へと続いている。でも公園には見えない。家の庭みたいだ。入っていいのかな?と思いながら入ってみた。

道路沿いです。いきなり現れます。ちょっと気になるでしょ。

中はやっぱり個人宅の庭のようだが、そうではないとはっきりわかるものがあった。
案内板だ。

いやに丁寧で思い入れを感じる案内板です。これは一体……?

《Aさんの庭》と書かれている。
なんだろう。アートかな?
庭は巡回できるように設計されていた。それに従って歩いていくと、セットのような小さな家が現れた。案内板が立っている。見た瞬間、「ウソ!?」と思った。

元の家を完全に蘇らせたのではなく、“イメージ”を復元した家のようです。公衆トイレおよび倉庫として利用されています。

『となりのトトロ』のトトロが住んでいそうな家だ、と宮崎駿監督が著書で紹介した、通称「トトロの家」だ。
その家が近くにあるというのは知っていた。取り壊しの危機を迎え、署名運動が起こったというニュースを読んだからだ。見にいかなきゃ、と思っているうちに月日は流れ、次にその名に触れたのは、焼失、というニュースだった。
なぜ、あのときさっさと見にいかなかったんだろう。悔やんだが後の祭りだった。
その家がまさか復元されていたなんて……。
童話に出てきそうな家を眺めながら、僕は内心ほくそ笑んだ。あてずっぽうに進んで、ここに辿り着くんだからな。

そこを離れ、あたりを見回しながらのんびりとこいでいく。「トトロの家」の周辺にも、昔ながらの集合住宅が数多くあった。

キャー!なんて素敵なミスマッチ!

着物はしょせん服です。

時計を見ると、出発してからもう1時間以上も経っている。なのにまだ阿佐ヶ谷だ。やれやれ、毎度のパターンだ。行った先々でも散策したいのに、いつも近所で時間を費やしてしまう。でも仕方がないのだ、この町は。
郷里の和歌山から東京に拠点を移す際、自宅で文筆活動をする以上は大好きになれる町に住もう、と考えた。たまたまJR中央線の中野から吉祥寺まで、各駅に友人がいたので、彼らの家に順番に居候していったのだが、阿佐ヶ谷の友人宅に泊まって町を歩いたとき、「ここだ」と直感した。
それから14年、まったく移る気になれないし、8年前に結婚して引っ越す際も阿佐ヶ谷限定で探したほどだった。
阿佐ヶ谷は味のある通りが迷路のように入り組んで走っている。あの先はどうなっているんだろう、とつい気になってしまう。常に旅している気分にさせてくれる町なのだ。
でもさすがに急がなきゃ。足に力を入れ、ペダルを漕ぐ。

あれ?とブレーキをかけた。なんてしゃれた面格子なんだ。

職人が遊び心で造ったにしては、ずいぶん手間がかかっていそう。

「ええい、停まって写真撮ってる場合か!」
早よ阿佐ヶ谷から出んかい!
こぎ始めると、隣の高円寺に入った。
……おや?

なんの変哲もないと言えばないけど、物音ひとつなく、どこか現実感のない小路。

なんか素敵な通りだな。人が消えた世界みたいだ。
ん?なんだこの表札?

高円寺好きの人でしょうか。それはいいとして、このドアは一体……?

アーティストの多い町なのだ。
でもほんといい加減にしなきゃ。再び地面を蹴って自転車を走らせる。
小路を適当に縫っていくと、ふいに目の前が明るくなり、喧噪に包まれた。

幼児護送車(?)で商店街を散歩。子供たちも楽しいだろうなあ。

《高円寺庚申通り商店街》とある。
東京の商店街もチェーン店の乱立が進んで、個性がなくなりつつあるが、高円寺はまだまだ元気だ。

開いていたら朝から引っかけてしまいそう。いいお値段。
洋傘店も目を引きますが、その向こうの着物店(?)のコピーが気になります。

ほっこりした気分で、商店街を何度も行ったり来たりし、店先を覗き、時計が見え、ハッとした。11時をずいぶんまわっている。出発してからもうすぐ2時間だ。なのにまだ高円寺だなんて。自宅から直線距離でたぶん、2kmもない。
こんなペースだと17km先の向島にはいつ着くんだろう?夜はラグビーワールドカップの試合があるのだ。
しばし考えた後、僕はガラケーを取り出し、妻にメールした。
《豊島区の『太源』の住所教えてちょ》
10年ほど前からどうしても行きたかった店だ。向島はやめて、そっちに行こう。別にラグビーのためにサボるわけじゃないが、家からの直線距離は……5kmぐらいかな……。

――つづく。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。