東京・原宿にあるビストロ「kiki harajuku」で、フランス料理と甕造りのジョージアワインのペアリングを体験。「イチジクのフリット」「茄子と中とろとピオーネのルーロー」に続く、3品目は?
3品目は「洋梨のオーブン焼き」。
ワインは「GIORGI KIPIANI(ギオルギ・キピアニ)サキピアノ2017」。
半分に切った洋梨にゴルゴンゾーラチーズをのせたものをオーブンで焼き上げ、みじん切りにしたパセリとクルミをあしらってあった。
私は、ジョージアワインはオレンジワインを飲む機会が多く、赤ワインはほとんど口にしない。
けれど、チーズの塩味と旨味、洋梨の果実味が効いたこの料理には、赤ワインが最適だと思えた。思わず笑みがこぼれる料理。ワインとの相性も申し分がなかった。
原田さんが語る。
「ジョージアの赤ワインの中でもこのワインは酸味がまろやか。チーズの香ばしい焼き目にとても相性が良いです」
賢明な読者ならば、そろそろお気づきかと思う。
この店はフルーツを使ったフレンチを得意としている。この日はイチジク、ピオーネ、洋梨を用いるなど、ひと皿ごとに小さな驚きが待ち受けていた。
「『kiki』はフルーツを使った料理がおいしいの」。食事を食べながら、このビストロを薦めてくれた、インポーター「ノンナアンドシディ」の岡崎玲子さんの言葉を思い出していた。
なぜ料理に果物を用いるのか。野田さんに訊ねた。
「フランス料理はフォアグラにラズベリーを合わせたり、ブーダンノワールにリンゴを合わせたり。フランス料理の、恣意的に味をつくることに凄く影響を受けました。相性の良い別々の食材を一緒に食べた時に生まれる新たな味や相乗効果が大好きなんです。フルーツにはとくにその愉しさがあります」
2011年のオープン当初はそういうコンセプトは考えていなかったが、自然とのめり込んでいったというのだ。
「日本のフルーツはとてもクオリティが高いです。ジョージアのワインは他にはないぶどう本来の味わいが感じられ果物と合わせると、さらによさが出てきます」
ワインは料理を引き立ててくれる不可欠な存在。中でもジョージアワインは強烈なインパクトがあり、自分でもよく飲むと野田さんは語る。
「何度飲んでも美味しいと思うし、癖になる何かがあります」
野田さんがジョージアワインと出会ったのは5年前の2014年頃。当時ソムリエだった男性が、東京・恵比寿の「ノンナアンドシディ・ショップ」で買ってきたオレンジワインを飲んだのがきっかけだった。
「荒々しいというのが第一印象でした。白というよりも茶色じゃないかと思いました(笑)。しかも白なのにタンニンを含んでいてびっくりしたし、変わっているなあというのが最初の感想でした」
2018年頃からジョージアワインを扱い始め、現在は10種類ほどを供している。
「すべて『ノンナアンドシディ』のワインです。岡崎さんが輸入するワインが好きなんですよ。岡崎さんは、自分の世界観を持つ、感性の人ですよね」
野田さんは、ジョージアワインには4つの味の要素があると説く。
①ぶどうの果実味とタンニン
②土の味
③ほうじ茶や紅茶などお茶の味や香ばしさ
④鰹だしの旨味、燻製香の味
以上の4つだ。
「今回①と②に対しては、フルーツを使った料理を合わせるようにしています。ジョージアワイン独特の旨味や酸味が同調して美味しく感じられるのです」
では、③と④には、どんな料理を合わせるのか。その一例を、野田さんは最後の料理で表現してくれた。
「ほうじ茶のそば スズキのカダイフ巻きです。ワインは『DOREMI(ドレミ) キシ』を選びました」と原田さんは語る。
日本そばに、揚げ物。しかも、ワイングラスではなく、ぐい呑を使うことに驚かされた。
すわ、ここは蕎麦屋かと思いたくなるようなペアリングだった。
野田さんに料理を説明してもらった。
「ジョージアのオレンジワインの風味は、ほうじ茶や紅茶に近いと思っています。そのためスープはほうじ茶とカツオだしの麺つゆでつくりました。山形のこんにゃくそばにオクラ、ザーサイ、塩昆布を和えてあります。カダイフはトルコで使われている極細の麸のことで、スズキに巻いて揚げました」
この料理になぜ「ドレミ」のオレンジワインを選び、ぐい呑で供するのか。野田さんに訊ねた。
「お茶を使ったスープには、酸味が穏やかなワインを合わせたかったので、ドレミを選択しました。ぐい呑は素焼きです。ジョージアでも素焼きの器でワインを飲む人がいるので、素焼きのぐい呑を選びました。素焼きの器で飲むと酸味が柔らかくなる気がするんですよ」
以前、ジョージアで使われている素焼きの器でオレンジワインを飲む機会があった。酸味が若
干柔らかくなった感じがしただけでなく、口に接する部分の感触がグラスで飲むワインとは別物だった。
でもまさか素焼きのぐい呑みでワインとは。しかもフレンチで。ジョージアワインを愉しむ新しいスタイルかもしれない。
肝心の料理だが、スズキのカダイフ巻きと、オレンジワインが合う。
和洋中華問わず、揚げ物とオレンジワインとの相性はまず間違いない。油を含んだパンチのある料理を食べながらのジョージアワインは絶妙。
ジョージアワインには紅茶などの発酵茶に含まれる渋味もある。だし的な香りと風味もある。だからなのか、ほうじ茶とカツオだしの麺つゆでつくったスープとも合うと思った。
ということは、そばつゆだけで食べるそばも、オレンジワインと合うのかどうか。そばをたぐりながらのジョージアワイン。今度自宅で試してみる価値がありそうだ。
ジョージアワインの造り手には、職人として共感できる「何か」があると野田さんは言う。それはどういうことか。
「ジョージアワインには、造り手の生き様だったり、精神性が感じられます。それがワインの味にはっきりと現れています」
こういう人が現代にまだいることに驚くとさえ野田さんは言うのである。
ジョージアへ行っていろいろなことを感じたいし、ジョージアで美味しいワインをもっと飲みたいとも語ってくれた。
かたや、美術大学出身の原田さんは、ジョージアへ行ったら、クヴェヴリを作っている職人に会いたいと熱い胸の内を語ってくれた。
「どんな窯で焼いているのか見てみたい。クヴェヴリの土を触らせてほしいです」
取材から2ヶ月後に再訪し、オレンジワインを飲みながらランチをいただいた。この日は柿のフリットが登場。
冬は日本を代表する果物のリンゴやイチゴ、みかんの他、マンゴーなど南国系のフルーツも料理に用いるそうだ。
四季折々の果物を工夫した料理とジョージアワイン。
ジョージアワインの世界が広がりそうだ。
「なんだこの変なワインは?」と感じたのが、オレンジワインとの出会いだった。
人生いろいろなことを体験するけれど、あれほど衝撃的な出会いを経験したことはなかった。
昨晩、オレンジワインの飲みかけをグラスに開けた。ボトルの底はおりだらけだった。
けれど、あの沈殿物もオレンジワインの魅力だと思いたい。
ぶどうの旨味が凝縮された「液体」が、舌にからみ、喉にまとわりつく。
飲み心地のよいワインも好きだが、舌と喉を心地よく刺激する、奥深くて豊潤な味わいが、私をジョージアワインの虜にした。
まだジョージアワインを体験したことがない方は、ぜひ一度。
これまで抱いてきた「ワイン感」を根底からひっくり返してくれると思う。
8000年間綿々と受け継がれてきたジョージアワインの歴史、文化、人々の思いも一緒に飲み干す。こんなワインは滅多にない。
1983年静岡県島田市生まれ。静岡の調理師学校卒業後、県内のレストランに勤務後、渡仏。当時、一つ星を獲得していたパリ「グマール」で3年修業。パリ7区にあるビストロ「プティトロケ」に務めた後、パリの当時三ツ星「タイユヴァン」で2年研鑽を積む。帰国後、神楽坂の「ルグドゥノム・ブション・リヨネ」でスーシェフを任される。2011年に独立し、「kiki harajuku」を開業。kikiは「タイユヴァン」のシェフに呼ばれていたニックネーム。
東京生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒業後、入店。2018年秋、キッチンからサービスに移動となる。現在、ワインとコーヒーの担当。
ーーシリーズ「オレンジ色のじんわり系『ジョージアワイン』ってなんだ」(了)
文:中島茂信 写真:オカダタカオ