世界的なワインのコンテストで評価を受けたジョージアの赤ワインを扱う、インポーターの本間真理子さん。まったくの異業種の仕事をしていた彼女はなぜ、ジョージアワインを扱うことになったのか。そこまで彼女を惹きつける魅力とは?
本間真理子さんは、ジョージアワインを輸入する「H&N ワインジャパン」を2012年5月に設立した。
インポーター経験はなかった。30年間、国際協力NGO職員として、発展途上国の母子保護活動に従事してきた。
そんな人が、なぜジョージアワインを扱うことになったのか――。
話は2011年の東日本大震災に遡る。
本間さんは、国際協力NGOのスタッフとして東北の被災地支援に携わっていた。甚大な被害を目の当たりにして「残りの人生を被災地支援に捧げよう」と決意し、NGOを退職。
「そんなとき、共同経営者を探しているジョージア人を友人に紹介されたんです」
一緒にぶどう畑を買い、ワインを造らないかと誘われたのだ。
ジョージアでワイン造りに関わりたいという思いだけで、畑を見ずに退職金で畑を購入した。ワインの収益を東北の復興支援に役立てたいという思いがあったからだ。
ジョージアへ行ったのは、翌2012年2月。畑はジョージア最大のぶどうの産地、カヘティにあった。
畑こそ買ったものの、醸造所も何もなかった。資本家から資金を募り、ステンレスタンクを購入。発電機などのインフラも整備しなければならなかった。
収穫したぶどうで3回ワインを造り、12,000本を日本に輸入した。ワイン1本につき、500円を寄付する復興支援のイベントを企画し、実施した。
だがその後、紆余曲折があり、共同経営者のジョージア人とは関係を断ち、畑も手放すことになる。
ふつうのインポーターになろうとしたが、なれなかった。インポーター業の範疇を、越えてしまったのだ。
何をしたのかを問う前に、ふつうのインポーターの業務について説明する。
ジョージアワインのインポーターは、毎年5月に開かれる新酒会に参加する。付き合いがあるワイナリーのワインをオーダーするためだ。
ワイナリーは、受注したワインを順次ボトリングし、9月頃船に積み、日本へ送る。インポーターが、ワイナリーに支払うのはワイン代だけ。これがワイナリーとインポーターとのシンプルな関係だ。
ところが、本間さんは、そのシンプルな関係を踏み越えてしまった。
「というよりも、踏み越えざるをえなかったんです」
ぶどうを収穫するには、大勢の摘み手を雇わなければならない。それには資金が欠かせない。
「収穫の数日前、ワイナリーから電話がありました。『マリコ、お金を都合してくれないか』って。私は資本家ではありません。そのワイナリーのワインをいろいろな方に買っていただき、売上をジョージアへ送金しました」
資本提携とも業務提携とも違う、ピンポイントでの応援を何度も頼まれてきた。
ときにインポーターは、ワイナリーの客人として畑を案内してもらうこともある。ところが、本間さんは率先して畑仕事に従事してきた。
「ジョージアへ行くと、2週間ぐらい早朝から畑仕事を手伝います。息子の聡も私と一緒にぶどうを収穫してきました。畑の所有権こそ持っていませんが、一緒にワインを造ってきたと自負しています。家族みたいなものかも」
本間さんが応援してきたひとりが、バチャーナ・カルバシさん。
資金協力を求められたのは2014年から。当時、カルバシさんはオーナーだった。造り手としての評価は高かったが、経営が厳しかったことから、本間さんに資金援助を要請。
「一度は断りましたが、せっかく実ったぶどうを収穫したいと願い、一夜限りの『ぶどう収穫応援キャンペーン』を展開し、その売上を翌日ジョージアに送金しました」
2017年、ジョージア人資本家がオーナーに就任。現在、カルバシさんは醸造家としてワインを造っている。そのワインが、前回登場した「VAZI(バジ)+ LELO(レロ)」シリーズだ。
ボトルの裏書きにはこう記されている。
LEO Japan series are supported by Mariko & her friends.(レロジャパンシリーズは、マリコと彼女の友人たちの応援で造られています)
「バジ+ レロ」はステンレスタンク製だが、バジ社のブランド「ビネヒ」にはクヴェヴリで造った「ビネヒ クヴェヴリ カツィテリ2012」もある。
エコ・グロンティさんも、本間さんが応援してきた醸造家のひとりだ。
グロンティさんは、有機栽培をさらに発展させたビオディナミ方式と呼ばれる農法を採用した。それには土づくりから始めなければならなかった。
資金が湯水のようにかかるため、本間さんはグロンティさんをバックアップしてきた。
こうして生まれたのが、「LAGVINARI(ラグビナリ)GVINO(グビノ)2011」。
醗酵を意味するグビノは、Vin、Vine、Wineの語源だ。
「グビノは開栓から数日経つと、トウモロコシのような豆香がしてきます。典型的な長期熟成型の造りのワインで、20年後には、きっと素晴らしく美味しくなります」
本間さんが惚れ込んだ赤ワインを飲むと、ジョージアワインはアンバーワインだけではないことに気づくはずだ。
「現在、ジョージアワインはターニングポイントにきていると思います」と本間さんは指摘する。
ジョージアワイン庁の発表によれば、近年ワイナリーが急増しているという。
2006年は80社だったが、2018年は961社になった。輸出国は、ロシア、ウクライナ、ポーランド、カザフスタン、中国など50数か国に及ぶ。2019年6月には、フランス、イスラエル、オランダ、カナダへの輸出量は2倍に増えた。アメリカへの輸出量は、2019年の上半期だけで昨年の同時期比で88%伸びている。
「世界中の資本がジョージアに集まり、年間1000万本製造するワイナリーも出てきました」
今後ジョージアワインは大量生産されたものと、そうでないものに二極化していくと本間さんは予測する。
「大量生産されたワインは、ジョージアワインではないと私は思っています。かといって、クヴェヴリワインだけがジョージアワインだとも思っていません」
世界には約3000品種のぶどうがあり、ジョージアには固有種が500種類以上ある。
ぶどうの個性を大切にするジョージアでは、単一品種のぶどうでワインを造ってきた。
「ところが最近、コンサルタントを雇い、多品種のぶどうをブレンドしたワインを造るワイナリーも出てきました。経済はそういうものなので、それはそれで仕方がないと思います。でも、ジョージアの宝を失ってほしくありません」
本間さんをはじめ、世界中のワイン好きがジョージアワインに感じている魅力は、8000年間途絶えることなくワインが綿々と造られてきたことではないか。
「その一端に関わってこられたことが私の喜びです。8000年の歴史と伝統を次の世代にきちんと伝えたいと思い、応援してきました。日本のワイン好きの方にも、本物のジョージアワインを味わってほしいと思っています」
『GEORGIA HOMELAND WINE(ジョージアワインの揺りかご)』という小冊子がある。ジョージア国家ワイン庁が制作したもので、ジョージアワインの歴史や生産地域の説明、クヴェヴリを使った造り方、ぶどう品種などを紹介している。本間さんも翻訳監修を一部担当した。
本間さんは30年間、国際協力NGO のスタッフとして世界中を飛び回ってきた。そのパワフルなエネルギーは、現在ジョージアワインに注がれている。
この秋は二度もジョージアへ飛び、ぶどうを収穫するなど、インポーター業を飛び越えた活動を続けている。
「ワイン造りはロマンに満ち溢れた仕事だと思われているかもしれません。でも、現実は日々資金との闘いなんです。長いスパンで、今後もチームのひとりとして腰を据えてやっていくつもりです」
本間さんの応援が続く限り、きっと、ジョージア人が継承してきた単一品種で造るワインを今後も愉しめるはずだ。
――つづく。
東京都渋谷区生まれ。一ツ橋スクール・オブ・ビジネス卒業後、スイス銀行を経て、国連のパートナーNGO「ジョイセフ」に勤務。アジア・アフリカ・中南米の発展途上国の女性支援・母子保健推進活動に従事。2011年3月の東日本大震災以降、東北に通い続ける。被災地支援活動に専念するためNGOを退職。2012年5月に「H&N ワインジャパン」を設立する。2016年にジョージアワインツーリズム協会日本特派員に就任。
「H&N ワインジャパン」問い合わせは090-6539-2600 https://hnwinejapan.com/
文:中島茂信 写真:オカダタカオ