「よしろう」の地たことアボカドのサラダ、三浦茶豆にいきなり心を奪われた!ビールから切り替えて、日本酒とまいりましょう。新鮮な野菜!新鮮な海の幸!どれも瑞々しく清らかな味わいで、心地よい酔いがまわります。
酒は3種類。“立山”“大七”“菊正宗”。いずれも好きな銘柄でまたまた嬉しくなるが、まずは“立山”を冷やで頼み、次のつまみ、しらすねぎオムレツを頼む、というよりこれもY子の推奨。今夕は、彼女の仕切りにお任せします。
見てください、このしらす。と、隣のお客さんにも声をかけたくなるくらいに、びっしりとしらすの詰まったオムレツは、塩加減もほどよく、ご飯のおかずにもなりそうで、つまり、酒に合う。
熱々を頬張る。
しらすの風味と玉子の表面のかりっとしたところを合わせて楽しみしながら、冷酒で後を追いかける。
まことに、結構な味わいなのです。
藍染でしょうか。たすき掛け姿の女将さんのお召し物が涼し気です。
「これは浴衣なんですよ。綿絽です」
いいですね。濃い藍の絽の浴衣。カウンターの中の立ち姿がすばらしい。
そして、一時も手を休めない。というのも、店には次々に常連さんが現れるからだ。
女将さんは、「一杯呑み屋」と言ったのだけれど、ここはたいへん品のいい小料理屋。
商売柄、全国いろいろと酒場を歩きますが、「よしろう」のような、気持ちよく、おいしく、リラックスできる店はなかなか見つかるものではない。偉そうなことを言うようだけれど、それが正直な気持ちなのだ。
品書きにふと目を落とす。水ナスがある。ちょうどおいしい季節だし、関西、泉州の水ナスは、文句なしだと思うから、迷わず頼みます。
塩した生のナスにオクラとミョウガをのせた夏のひと皿。ミョウガの辛味と香り、オクラの食感、そしてなによりナスの歯ごたえ、ほんのりの塩味。
噛むほどに、野菜が香る。その消え切らないうちに、富山の酒“立山”の、この日2杯目(あ、いやすでに3杯目であったか)を流し込む。
文句なし。ああ、こういう酒と肴がほしかったのよと、誰にともなく呟く一瞬。
いよいよ気持ちがのってきて、酒を“菊正宗”の燗に切り替えた。
本マグロである。これまた漬け汁の塩梅が抜群のようで、当たり前だけれど、酒が進む。白ゴマがふってあるのも、今さらながらにありがたい。
そうそう、このひと手間、あったほうが旨いんだよなと、改めて気づく次第です。
燗酒も、お代わりをもらおう。2合もらおう。
「おう、ハチ。お前さんも燗酒に付き合いな」
口には出して言わないが、そういう気分で彼の杯に注ぐ。そして、注いでもらう。勢いの出てきたY子の杯にも注ぐ。
うん。旨いねえ。最高の気分だ。
さて、もう1品頼もうか。
実はもう、決めてある。鮎の塩焼きであります。
その焼きたての、熱々の、ぷりぷりっと張った腹から背中へ、うっとりと眺め、どうぞお先にという言葉に甘えて背中へ箸を入れた。
口へ放り込むや、ハフハフと鮎の身を転がすようにしながら、身のふくよかさ、香り、塩と香ばしさ、あらゆるものを一気に、丸ごと、無言のまま味わい尽くす。
そうして、また、“菊正宗”の燗酒をぐびりと飲む。
同行のふたりは、アボカドがよほど気に入って、アボカドとトマトのサラダをつまみつつ、日本酒を飲む。私も試したが、これがまた、不思議によく合う。私はまた目が開かれた。
同行のふたりはおにぎりを頼み、私はさらに酒を頼む。
1杯飲むごとに、旨くなる。
ほろりと酔い始めるほどに、旨くなる。
私はにわかに、自宅が遠いことを恨み始める。
どこぞに、泊めてくれる人はおらぬか?いるわけがない、と思えばなお酒が旨い。
困った。実に、困った。
神奈川・鎌倉「よしろう」 了
文:大竹聡 イラスト:信濃八太郎