大竹聡さんの「20代に教えたい」酒場案内。
着物の女将と抜群の料理。|神奈川・鎌倉「よしろう」(前編)

着物の女将と抜群の料理。|神奈川・鎌倉「よしろう」(前編)

夏の匂いを感じたら、電車に飛び乗って鎌倉へ。なぜって、潮の香る街、鎌倉ならではの風情、「よしろう」でしか味わえない情緒があるからなのです。

凛として飲みたい酒場である。

鎌倉は、ときどき、行きたくなる街です。

朝の寝床――。
まだ、ぼんやりした頭の中で、鎌倉行きたいな、と、なんとなく思う。
ウイスキーの小瓶をポケットに瑞泉寺裏の山を歩こうか。昼から蕎麦屋で一杯というのもいい。

夕方からなら、もつ焼き、立ち飲み、小料理。
行きたい店がすぐに指折り2、3本。

いいねえ。楽しい夜になりそうだ、と思ったら迷わず出かけよう。
場所は小町通りと若宮大路の間。今夕訪れるのは、「よしろう」という酒場です。

若い人や酒場に不慣れな人には、ここの暖簾を潜るのはちょっとした冒険かもしれない。
でも、大丈夫です。
旨いものが出てきて、おいしく飲める。
逆に、店を出るころになってようやく緊張がほぐれるのが少し残念な気がするくらい。
でもまあ、それはそれでね。また訪れたらいいのです。
まずは店に入ってみること。
たとえ若いとはいえ酒好きの端くれなら、自信をもって臨もうじゃありませんか。
さあ、暖簾を潜りますよ。

姫田あかねさん

店内は、カウンターのみ。
常連さんも多いから、入れないこともある。
1席取れたら御の字。ビール1本、お銚子の2、3本も空ける間に、存分に大人っぽい雰囲気を味わいたい。

家族写真

女将さんが迎えてくれる。和服の似合う素敵な人だ。目がやさしい。
お客さんと交わす言葉や、その仕草のざっくばらんなところが都会的で、だからこそイチゲンにも安心な、居心地の良さを感じさせる。

ああ、いい店に入ったなあ、と、思いつつ、最初のビールを飲むときの気分は格別だ。

地だことアボカドのサラダは、はっとする旨さだった。

色とりどりの野菜

品書きは経木が1枚。その最後に「文月十三日」と日付が記されている。
そう、訪れたのは7月13日のことだ。
品書きの一番右から目を走らせる。マグロの赤身漬け、あゆ塩焼、地だこぶつ、うるめ丸干しなどなど、視線が吸いつけられてしまうような文字が並ぶ。

鎌倉の地だこ、といえば、相模湾は佐島のたこか? 
女将さんに伺ってみますと、佐島より手前、逗子に小坪という港があって、魚介はそこで仕入れるという。西は明石に負けない相模湾の地もののたこがあるなら、燗酒でたこぶつ、にするか。すぐにそう気持ちが動くのだが、同行の絵描きの八ッちゃんが口を開いた。

「アボカドたこサラダ、おいしそうですね」

おい、ハチ、地だこは迷わずぶつで燗酒だろと言いたいタケ(私のことです)を制して、編集Y子が言う。
「さすがハッタロウさんお目が高い」
なんでもY子が少し前に来店したときに、お客さんが次々に注文したのはこの一品という。

では、それ、いただきましょう。ということでタケは引き下がり、待つことしばし。

佐島のたこ
アボカドたこサラダ

驚きましたね。
アボカドになじみの薄い私、目を開かれた。
たこのしこしことした食感とパクチーの香りもいい。
オリーブオイル、レモン果汁、塩、胡椒だけでシンプルにつくったドレッシングが絶妙だ。ビールが旨い。

目の前に粒の大きそうな豆がある。品書きによればこれは三浦茶豆だ。
さっそくいただくと、本当によく香る豆だ。
それだけで、なんとも嬉しい気持ちにさせてくれる。

――明日につづく。

店舗情報店舗情報

よしろう
  • 【住所】神奈川県鎌倉市小町2-10-10
  • 【電話番号】0467-23-0667
  • 【営業時間】17:30~23:30
  • 【定休日】木曜
  • 【アクセス】JR・江ノ島電鉄「鎌倉駅」より5分

文:大竹聡 イラスト:信濃八太郎

大竹 聡

大竹 聡 (ライター・作家)

1963年東京の西郊の生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。コアな酒呑みファンを持つ雑誌『酒とつまみ』初代編集長。おもな著書に『最高の日本酒 関東厳選ちどりあし酒蔵めぐり』(双葉社)、『新幹線各駅停車 こだま酒場紀行』(ウェッジ)など多数。近著に『酔っぱらいに贈る言葉』(筑摩書房)が刊行。