三皿目は黒酢と辣油のサンラーメン。中国語で「酸辣面」。酸辣湯麺とは違います。玉子も椎茸もきのこもトマトも入りません。とろみもありません。きっとあなたの想像を裏切るルックスの麺料理は、想像を超えるヤミツキ必至の味わいです。
「真っ黒で真っ赤。黒酢がガツンときいていて、辣油もしっかり入る。留学時代に食べて強烈な衝撃を受けた麺料理がモデルです」
「四川家庭料理 中洞」店主の中洞新司(なかほらしんじ)さんがそう振り返るのは、黒酢と辣油のサンラーメンである。
独立前、中洞さんは四川省の成都へ赴き、現地の料理とともに語学も習得するために大学に通っていた。その大学の敷地内にあった「酸辣面」専門店の味が下地になっているという。
「まるで飾り気なんかなくて、簡単な小屋みたいな建物でおじさんがひとりでやっている店でした。なのに味わいはピカイチで!ひと口目のインパクトはあるのに、スッと消えていく魔法のような料理なんです」
具は挽き肉と軽くゆでたキャベツ、刻んだねぎのみ。
スープは鶏ガラでとっており、野菜の端材も一緒に入れている。にんにく、胡椒、中国醤油、黒酢、そして自家製の辣油が入る。
麺は、玉子もかんすいも入らないものを特注している。
舌ざわりはなめらかでふんにゃりと柔らかく、スープをよく吸う麺で、そうめんにも近い印象だ。たおやかに箸に絡む。
酸味がいい。辛い。辛いけど旨い。麺と一緒に、ときおり口に入ってくる挽き肉が味に奥行きを与える。ゆでキャベツはつかの間の癒し。スープを飲む。麺をすする。酸味がいい。辛い。辛いけど旨い……と“サンラーメン・ループ”に陥っていく。
「日本でよく見かける、とろみのついた具だくさんの酸辣湯麺とは違うシンプルな麺です。想像とまるで違う麺が出てきて、一瞬、きょとんとされるお客さんもいらっしゃいますが、ハマる方はハマってしまうキレッキレの麺なんです。油もしっかり入っているのに、スープをすべて飲んでいかれる方も結構いらっしゃいますよ」
中洞さんが成都で受けた衝撃の味わいは、中洞さんの料理のひとつとなり、3400km以上離れた東京・巣鴨でも新鮮な衝撃を与えている。
――明日につづく。
文:沼由美子 写真:森本菜穂子