シリーズの掉尾を飾るのはホラホラ炒飯。「ホラホラ」って中国語でどんな意味?実はそんな言葉はありません。「四川家庭料理 中洞」店主の中洞新司さんが命名した造語なんです。最後の最後で出てきてもぺろりと食べきれてしまう、摩訶不思議な一皿なのです。
「前菜に麻婆豆腐。炒め物に麺類。いろんな料理を食べた最後の最後でも食べきれる炒飯、というのが僕のつくりたい炒飯の目標です。しっかり油は使っているのに、口の中にふっと入って、ふっと消えていくような」
「四川家庭料理 中洞」店主の中洞新司(なかほらしんじ)さんがそう語るように、「ホラホラ炒飯」は極めて軽い。
その秘密はどこにあるのか?もしかして米の品種?長粒米が混ぜてあるとか?
「いえいえ。普通の日本米です。ご近所で300年ほど続く老舗の米屋「伊勢五」さんにお願いしています。炒飯にも合って、白米のままでもおいしいものを、とリクエストしてブレンドしてもらっているんです」
水は気持ち少なめにして炊く。でも秘密は米だけじゃないようだ。
具には、二皿目に登場した「塩熟成豚バラの山椒香り炒め」にも用いる熟成豚バラ、みじん切りにしたピーマン、ささげの乳酸発酵の漬物を刻んだものに玉子が入る。
豚バラの旨味、ピーマンの青い香り、漬物で塩気と酸味。それらが、中華鍋の中で混然一体となる。
そう、その絶妙なバランス具合にこそ、箸が進む理由があるのだ。
ちなみに、店には「ピリピリ炒飯」もある。その名のとおり、唐辛子のきいたピリッと辛い炒飯である。それに対して、「ホラホラ炒飯は穏やかな味ですし、ゴロがよくて中洞のホラでもあって、どこかのんびりしている響きがいいと思って」とこの名が命名されたのだった。「ほれ、ほれ」と、人にも薦めたくなるので、つい「ホレホレ炒飯」とも呼びそうになってしまう。
十皿の料理を見てきて、中洞さんの料理はどれもすきっとした味わいで、「中華料理」と聞いてイメージしがちな油の重さとは無縁だとわかる。
「下味がすべてです。塩を揉みこんで、魚や肉の水分を抜いて旨味を引き出しておくとか。そこをしっかりやって、食材の味がすべてを引き出すイメージです。和食はよく引き算の料理と言われるのに対して、四川料理は足し算の料理と言われます。僕は足しつ、引きつつ、最終的にちょうどよくなるところを探したいんです」
料理の下準備をしっかりしておくこと。
それは、納得のいく素材を揃えること、使いやすい厨房に整えておくこと、清潔に保っておくことと同じである。
瞬発力が物をいう中華料理において、「よーいどん!」がかかったら、いつだって全速力でダッシュできる態勢を整えておくことであり、それが中洞さんの料理哲学でもある。
十皿を食べて、料理人の世界観が見えてくる。
十皿を食べて、もう一度食べたい料理がより鮮明に浮かんでくる。
「四川家庭料理 中洞」の十皿(了)
文:沼由美子 写真:森本菜穂子