福井のオーセンティックバー「ニュー淀」。名物カクテル“火遊び”はその名のとおり、刺激とマスターの遊び心が詰まったカクテルだった。まだ夜は始まったばかり。次なる1杯は?
マスターの嶋田修身さんによると、「ニュー淀」には火を使うカクテルがまだあると言う。
“火遊び”を生み出すよりも前から、いや、マスターが独立するよりも前からつくっているカクテルが“レインボー”だ。
スピリッツやリキュールの比重の違いを生かし、色を多層に重ねた美しいカクテルである。
「おいしいというか、見て愉しいカクテルやね。世界的には7色だけどね。うちのは白が多めなのが特徴なの。この方がほかの色が引き立つでしょ。過去には最高15段重ねたこともあるけどね」
小さなグラスに、慎重にお酒を重ねていく。
いまではなかなか見なくなった往年のカクテルで、昭和のバーで花開いたであろうエンターテインメント性あふれる1杯に触れると、大きな拍手を送りたくなってしまう。
にやりと笑ってマスターが言う。
「世間的にはここで完成。うちはここから遊ぶんよ」
そして、シュッとマッチを擦り、小さな炎をカクテルに灯した。
それは、童話の「マッチ売りの少女」の炎を連想させた。
やがて、カクテルに炎がつき、バーカウンターを照らす聖火のようになった。
「不思議とこれがライターじゃきれいじゃないんやわ」。
さらにグラスのまわりに酒をこぼした。すると、グラス全体が炎に包まれた。
ロマンティックを超えて、もはやイリュージョン。
そのシルエットは、トロール人形のごとし。さっきからメルヘン的要素が浮かぶのは暗闇×炎のゆえか。
ああ、ガラス割れちゃわないの!?という心配をよそに、マスターは余裕綽々である。
火遊びがひととおり終わった。が、まだまだマスターのエンターテインメントは続く。
「こうしてストローをさして」と、ストローを静かに持ち上げると、直系6mmのプラスチックのなかに虹ができ上がっていた。
「男の人が、これを女の口に運んで飲ませてあげるのがいいのよ」
今度はグラスを持ち上げ、えいやとグラスを90度に倒した。
倒れたグラスにもレインボー。
そして今度は、まっさかさまにひっくり返し、何事もなかったようにもとに戻した。
グラスのなかは混ざることも乱れることもなく、きれいな虹が保たれていた。
マスターはいかにも器用な人であるけれども、きっぱりとこういった。
「伸びていく人には運がある。ただし努力なくして運向かず。がんばることだけがすべてではないけれど、がんばることは尊いよ」
若い日に、相当練習を積んだであろうフルーツのカット。48年前から使っている包丁のちびた刃がそれを物語る。
りんごひとつを提供するのでも、カットを変えて目を愉しませてくれる。フルーツカットの大会で輝かしい成績を納めたこともあるし、県内永平寺町にある天谷調理製菓専門学校でフルーツの飾り切りやカクテルの講師として赴いていた時期もある。
いよいよ次は、往年のブランデーの飲み方を堪能させてもらうことにしよう。
――つづく。
文:沼由美子 写真:出地瑠以