1970年から続く、福井のオーセンティックバー「ニュー淀」。火を灯すカクテルを愉しんだら、次はいよいよブランデーを!マスターの言う「昭和30年代の“銀座の飲ませ方”」とは?
「うちには火を燃やすカクテル、結構あるわ」
福井の繁華街にあるバー「ニュー淀」のマスター、嶋田修身さんは冒頭、そう言った。
2杯セットじゃないと頼めないカクテル、その名も“火遊び”。多色のリキュールやスピリッツの層が美しいカクテル“レインボー”。
次は何が来るというのか?
「昭和30年代、銀座で出していたブランデーの飲ませ方を教えてあげましょう」
そう言うと、ふっくらとしたふくらみのあるブランデーグラスにウォッカを注ぎ、すぐさま火を灯した。
瞬く間に青い炎が燃え上がる。
マスターは慣れたもので、立ち昇る炎をものともせずにグラスをくるくると回している。
さらに、「こうした方がよく見えるか?」と、ぶぉーんぶぉーんと大きくグラスを振り回す。マスター、ご乱心を!?グラスの炎は宙を浮く鬼火のようにも見えるのだった。
「まずはこうやってグラスを温めるんですよ。お湯を注いでもいいけど、この方がお客さんが喜ぶでな。昭和30年代、僕がいた銀座や四谷のバーではこういう見せ場をつくったもんですよ」
マスターは御年78歳。同世代にマジックができたり、洒落の利いた会話術が得意なバーテンダーがいるのは、ただカクテルをつくったりお酒を提供するだけでなく、「お客を愉しませてこそ」というエンターテインメント性を求めたスキルのひとつだったのかもしれない。
ウォッカを捨て、グラスがほどよく温まったところに、いよいよブランデーを注ぐ。
それをやすやすと差し出さないのが、ここ「ニュー淀」だ。
「これを横に倒すとな……」と、グラスをカウンターに寝かせていく。
ああ、こぼれる!……と思ったギリギリのところでグラスは均衡を保ち、ぴたりと静止した。
「一番いいバランスの量を入れてるからね。こうしてる間にも香りが立つんよ」
注がれたブランデーは往年の銘酒、“レミーマルタン”だった。これが“マーテル”の日もあるし、“ヘネシー”の日もある。厳かな酒瓶の高貴な茶色い液体をこんなにも愉快な気分で飲めるとは。
にんまりが止まらないまま、ゆったりと香り高いブランデーを味わった。
そのブランデーを使ったカクテルも味わってみることにした。
昭和のある時代には一世を風靡した“ブランデーサワー”である。サワーは「酸っぱい」のことで、レモンジュースの酸味が利いたカクテルである。炭酸でアップするか否かはバーテンダーによってわかれるところ。ウイスキーをベースにしたらウイスキーサワーとなり、同様にジンサワー、ラムサワー、テキーラサワーというカクテルもある。
「サワーはブランデーが一番しっくりくるんじゃないかな」
そういいながら、マスターは軽快にシェイカーを振る。
グラスには、例の包丁技が光るレモンが添えられる。
爽快な酸味が駆け抜け、香りのいいアルコールが口いっぱいに広がり、ふくよかな甘味も感じさせる。
古典的なスタイルの残るバーはいいなぁ。と感じ入っていると、そんな感傷を吹き飛ばすようにマスターが言った。
「1年半前から挑戦している、まだ努力中の酒があるんや!」
この道、半世紀以上だというのに、まだ新しいカクテルを研究中なんですか!?そ、それは一体どんな……?
――つづく。
文:沼由美子 写真:出地瑠以