王道のスタンダードカクテルと、独創的でイノベーティブなカクテル。その両方ときっちり向き合う静岡のバー「ノンエイジ」。多様なトピックに満ち満ちたバーの、3つの愉しみ方を紹介しよう。「ペアリング」に続く、2つ目は「料理」のようなカクテルを味わうこと。
料理人から転身し、バーテンダーの世界へと入った、静岡「BAR NO’AGE(バー ノンエイジ)」オーナーバーテンダーの井谷匡伯(いたにまさみち)さん。
パーテンダー歴24年、2000年に自身のバーを開いた。
いまも料理への想いは深く、バーのメニューには「フォアグラ入りレバー・パテ 無花果添え」「ハチノスとキノコたっぷりのトリッパ」「ジャスミン羊羹」「栗の渋皮煮のキャラメル・タルト」といった料理やデザートが並び、「料理の全ては、お酒に合わせるために手作りしております」と書き添えられている。
王道のスタンダードカクテルを大事にする一方で、料理のようなアプローチをした斬新なカクテルもある。「ペアリング」の体感に続く、「ノンエイジ」の2つ目の愉しみ方は、まさにその「料理したカクテル」を味わうことだ。
1杯目は、「静岡産 焼きなすのアメリカーノ」。
「普通のアメリカーノ?」なんて思うなかれ。カクテルづくりは、地元名産の「折戸(おりと)なす」の全体がしっかり焦げつくまで焼くところから始まる。
静岡県産の釜炒り茶を漬け込んだお酒やカンパリ、ベルモットと合わせ、仕上げにオレンジピールを振りかけてある。
「焼きなすの皮に炭が付いた状態で、皮に切り目を入れてエキスが出るようしてスピリッツに漬け込んでいます。料理の仕込みをしているときに感じる香りがあって、これはあのお酒と合うんじゃないかな、と思い浮かぶ。実際、なすを焼いているとき、ベルモットの香りとリンクしたんです。ベルモットといえば、思い浮かぶのは鉄板の相性のカンパリ。そのふたつを使うカクテル『ネグローニ』をもし徳川家康が飲んでくれたなら、としてレシピを構築していきました。なぜって、家康は静岡の食材を語るのに欠かせない人物。いろんな作物を持ち込んでくれましたし、『一富士 二鷹 三茄子(なすび)』のなすと言われる折戸(おりと)なすも好んで食べたと知られています。家康がスペインと国交があったことから、スペイン産のジンを使うことにしたんです」
実際に味わってみると、焼きなすを使うことが奇天烈なアイデアではないことがよくわかる。全体に一体感があり、かつ奥行きのある味わい。いろんな要素が融合してこのカクテルを成立させていることがわかる。
「なすとオレンジは相性がいいですし、釜炒り茶の焙煎香とオレンジピールも相性がよく、焼きなすの香ばしい香りでつながっているイメージです。オレンジピールを入れることで焙煎香が柔らかく変化していきます」
2杯目は、井谷さんが料理店で口にした「栗のスープ」からヒントを得たカクテルだ。なんとウイスキーのラフロイグと芋焼酎が、「だし」の部分を担っているという。
「茸のだし、栗、味噌漬けの卵黄を入れたスープを食べた時にこれはおもしろいな、と思って。僕がこれをカクテルに落とし込んで構築したらどうだろうと考えました。和栗の風味を生かしながら、だしの味わいはどうするか。味のふくらませかたはどうするか」
「栗の風味を生かしながら、ラフロイグというピートのきいたウイスキーと芋焼酎を『だし』と捉え、抹茶で野菜の旨味を表現しています。ラフロイグは『隠し味』の役割も担っています。芋焼酎ではなく、ダークラムやコニャック、グランマニエで表現しても美味しいと思います。でも和栗の味わいは儚いもので、洋酒にマスキングされて壊れてしまうんですよ。それに気づいたときに、あ、焼酎でやってみようと。修業先が鹿児島だったので、昔から焼酎のカクテルはつくっていてなじみがあるんです。」
口にしてみると、栗のざらっとしたテクスチャーや風味、お茶の青い香りとコク、ラフロイグのアクセントがそれぞれに全部きいていて、それが驚くくらいに調和している。
「素材を生かすと申し上げた意味がわかっていただけるカクテルだと思います。せっかく吟味した素材を使う以上はその素材の味、香り、食感も生かしたい。このカクテルの場合は、アルコール度数を低めにしてやさしく仕上げています。むしろ素材が主役で、お酒を“調味料”と考えていますね。ヴィンテージのアルコールだって数滴でおいしくなるなら入れていいじゃないか、と(笑)。それは、お酒を主役として立たせるスタンダードカクテルとはまるで違うアプローチです」
変幻自在で柔軟な思考が織り込まれる井谷さんのカクテルの世界にぐんぐんはまっていく。
次は、3つ目の愉しみ方のキーワード「ローカル カルチャー」を伝えるカクテルを覗いてみよう。
――つづく。
文:沼由美子 写真:鵜澤昭彦