様々な要素と技を自身の感性のままに自在に使いこなし、多様なトピックに満ちる静岡「BAR NO’AGE(バー ノンエイジ)」。3つの愉しみ方として、1.「ベアリング」を体感する、2.「料理」を飲む、を紹介した。3つ目となる「ローカルカルチャー」とは?
「次は私のシグネチャーカクテルであり、静岡という土地のローカルカルチャーを伝えるカクテルをおつくりしましょう」
「BAR NO’AGE(バー ノンエイジ)」の井谷匡伯(いたにまさみち)さんは笑みを浮かべながら言う。
カウンタ―には、見るからに立派なクラウンメロンと、茶葉を真空抽出したジンが並んだ。
カクテル名は「クラウン」。使うのは、井谷さんの地元の袋井市が誇るクラウンメロンと、地元産の高級茶の代名詞ともいわれる茶葉「さえみどり」。エルダーフラワーシロップや、実家で育てているスペアミントも使われる。
登場したカクテルは、容姿端麗。爽やかな青い香りは清々しく、きめ細かな気泡の層が美しい。こういったクラウンメロンや茶葉といった地元の特産を使うことが、井谷さんの表すローカルカルチャーなのだろうか?
「地元の素材を使うことだけではなく、ローカルカルチャーとはストーリー性が大事だと思うんです。お客様にお伝えしながらカクテルを提供できるのがバーです。千疋屋だったら15,000円ぐらいしそうなメロンも地元だからこそ安く済むという地の利もあります。実は私の父親が昔、お茶の仕事をやっていて、今日使っているのは父とその仲間の職人たちが手もみした茶葉を特別に分けてもらいました。それまで自分はお茶のことをまったく知らなかったのですが、バーテンダーになってから一歩も二歩も踏み込んでみるとすごくおもしろくなって。父親との会話も増えたり、仕事で使うことで父親にも喜んでもらえて、自分がお茶と共に育ってきたんだということを実感するようになりました。これもまたストーリーのひとつで、ローカルカルチャーの考え方自体が、ある種、僕のシグネチャーカクテルの根本なのかな、と思います」
続いて、ダイナミックなカクテルが登場した。その名も“サマートレイン”。静岡県の志太地区の金谷駅から川根へ走る蒸気機関車をイメージしたという。まずそのビジュアルに興味津々。思い切り愉しい気分になる。
「ウォッカ、志太梨の果汁、川根産の青柚子の皮を一度ミキサーにかけています。急須には、お茶とキンモクセイを入れ、液体窒素を注いでいます。その蒸気をカクテルグラスにまとわせて、ビジュアルでも香りでも愉しめるようにしています」
「ベアリング」を体験する、「料理」を飲む、「ローカルカルチャー」を知る。この3つはそれでもまだ一部で、「ノンエイジ」の愉しみ方はまだまだ尽きない。カクテルのコースもあるし、ときに“幻のカレー”と称されるいろんな肉の旨味が詰まったカレーが登場することもある。
「ペアリングに終始するイベントを催すこともあります。その日はバーコートではなく、コックコートを着ます。あつらえの、名前刺繍入りですよ」とも。
非凡なバーテンダー、井谷さんはこの先どこへ向かっていくのだろう。
「カクテルがおいしく、料理がおいしい。クリエイティビティもある。そのトータルバランスがすごくいい店づくりをしたいと思っています。それはバーテンダーという仕事に括らなくてもいいのかもしれません。たとえば、コースオンリーのお店。お客様の好みをお聞きしながら、小鉢のあてに、日本酒、焼酎、ワイン、カクテルをちょこっとずつお出しする。ウイスキーのお燗があってもいいし、日本酒のアイリッシュコーヒーがあってもいい。『何屋さん』といえばいいかなぁ。バーテンダーでも料理人とも括れない。バーで料理屋でもないから、イタリアンならぬ“イタニアン”?」
いいなぁ、「晩酌」を愉しむ店。
どこにもカテゴライズしがたい、井谷さんが創る唯一無二の店。
どんな料理が出るのか、お酒を合わせるのか。それは凡人には想像のできないことだから、疾走し続ける井谷さんの眩しい背中を見つめていこうではないか。
――シリーズ「知られるバーへ。」
「非凡なバー、静岡『ノンエイジ』の3つの愉しみ方」 了
文:沼由美子 写真:鵜澤昭彦