TOKYO蕎麦めぐり。
蕎麦が生まれた江戸文化と江戸蕎麦。

蕎麦が生まれた江戸文化と江戸蕎麦。

いつから日本人は蕎麦を食べているの?どうして江戸蕎麦は江戸時代に生まれたの?「室町 砂場」で蕎麦をたぐりながら、蕎麦にまつわる基礎知識に耳を傾けます。

東京の蕎麦をめぐるふたり

ほしひかる

ほしひかる

佐賀県佐賀市出身。豊かな知識とわかりやすい解説でビギナーからツウまで幅広く支持される、蕎麦界の博覧強記。偏愛蕎麦屋は両国「江戸蕎麦 ほそ川」。江戸の蕎麦の通人を表す民間の資格「江戸ソバリエ」認定委員長であり、深大寺そば学院講師や「武蔵国そば打ち名人戦」審査員も務めている。著書に『休日の蕎麦と温泉めぐり』『江戸蕎麦めぐり』(ともに幹書房)がある。

NOMA(ノーマ)

NOMA(ノーマ)

佐賀県佐賀市出身。ファッション雑誌からラジオのパーソナリティまで幅広いジャンルで活躍中の人気モデル。生態学者である日本人の父とシシリア系アメリカ人の母を持ち、佐賀の大自然に囲まれて育つ。ライフワークは蕎麦と植物と宇宙。江戸蕎麦は原宿「玉笑」と両国「江戸蕎麦 ほそ川」がフェイバリット。蕎麦打ちにも興味津々。VOGUE JAPAN WEBで「モードな植物哲学。」を連載中。TOKYO FM「東京プラネタリー☆カフェ」でパーソナリティを務める。

江戸っ子は蕎麦好きだった。

NOMA
蕎麦はいつどのような形で日本に伝わったのでしょうか。
ほし
蕎麦の歴史は古いですよ。ズバリ、「中国・三江地域生まれの江戸育ち」です。蕎麦栽培の始まりは、紀元前3000年ほど前。中国の長江とメコン川の上流にある秘境だと言われています。中国大陸、海を渡って対馬を経て、本州に入ってきたのは縄文晩期。さいたま市の遺跡から、栽培された蕎麦の実が出土しています。
NOMA
そんなに昔から日本人は蕎麦を食べていたんですね。
ほし
この時代は効率よく粉にする道具である挽臼がまだなかったので、粒のまま雑炊のような物にして食べていました。鎌倉時代に中国から挽臼が伝わり、粉食文化がようやく始まったのですが、麺になるにはまだしばらくかかります。
対談するふたり
NOMA
江戸時代に、現在の江戸蕎麦の形となったわけですよね。
ほし
つなぎを使った製麺技術が発達したのが江戸時代中期から後期。それ以来、つなぎを使う蕎麦が主流になりました。そう考えると、石臼とつなぎは蕎麦界の大発明です。当時の江戸の町は、参勤交代などで単身赴任者が増え、男性が極端に多かった。男女の人口比率は女性2に対して男性は8だったそうですよ。
NOMA
二八蕎麦と一緒じゃないですか(笑)。それにしても男女比にかなりの開きがありますね。想像がつきません。
ほし
炊事をする女性が圧倒的に少ないので、おひとりさま向けの外食ビジネスの需要が高まったようです。1657年頃、浅草にできた一膳飯屋を皮切りに、蕎麦を提供する店が出現。気軽にお腹を満たせるスタイルが江戸っ子に受けて、町には蕎麦屋が瞬く間に増えていきます。
NOMA
せっかちな江戸っ子スピリッツに、蕎麦が合ったんですね。
ほし
そうそう。蕎麦屋が増えていく中で、江戸っ子のニーズに合わせて蕎麦打ち技術が向上し、江戸中期には今の蕎麦の形ができました。客層のメインは町人でしたが、武士が来るような高級蕎麦屋も現れ、つなぎを使わない十割蕎麦などを上等な器で提供していました。現在の江戸蕎麦御三家で言うと、「砂場」「更科」は武士に重宝されたため上品な味わいで、商人の客が多かった「藪」のつゆは濃いめだったようです。そしてお殿様が食べていたのは“御前蕎麦”と呼ばれました。
NOMA
お殿様から庶民まで、江戸っ子は蕎麦好きだったんですね。そして外食文化の発展により蕎麦がどんどん進化して美味しくなって、現代の蕎麦につながっていると思うと、ロマンを感じます。蕎麦ってつくづく日本人の繊細な精神が宿った食べ物だなぁ。
「室町砂場」も所属する「木鉢会」。昭和33(1958)年、蕎麦技術の伝承と向上のため三代目以上の現役店主を対象に発足した。
「室町砂場」も所属する「木鉢会」。昭和33(1958)年、蕎麦技術の伝承と向上のため三代目以上の現役店主を対象に発足した。

粉とつゆから蕎麦を考える。

NOMA
蕎麦は産地も品種もさまざまですよね。両国「江戸蕎麦ほそ川」で“常陸秋そば”を使った“もり”をいただいたことがありますが、香りと甘みが豊かで驚きました。
ほし
“常陸秋そば”は、最高峰の玄蕎麦と言われていますね。今は蕎麦種のブランド化が進んでいて、地域や品種を謳う蕎麦屋さんも増えていますよね。食べ比べを楽しめたりもしますよね。
挽き方で味が変わるのも蕎麦の面白さ。一段目は左から殻がついたままの実である“玄蕎麦”、外皮の黒い殻をとり、甘皮が付いた“丸抜き”、甘皮だけを挽いた“甘皮”。二段目は更科粉と呼ばれる内層粉の“一番粉”、中層粉の“二番粉”、甘皮ごと挽いた“三番粉”。三段目の“石臼粉”と“粗挽き”は石臼の挽き目の違い。
挽き方で味が変わるのも蕎麦の面白さ。一段目は左から殻がついたままの実である“玄蕎麦”、外皮の黒い殻をとり、甘皮が付いた“丸抜き”、甘皮だけを挽いた“甘皮”。二段目は更科粉と呼ばれる内層粉の“一番粉”、中層粉の“二番粉”、甘皮ごと挽いた“三番粉”。三段目の“石臼粉”と“粗挽き”は石臼の挽き目の違い。
NOMA
挽き方によっても変わる味わいも楽しいですね。
ほし
皮付きの“玄蕎麦”を丸ごと挽く“田舎そば”もあれば、一番外側の黒い皮だけを取った“丸抜き”から挽く“石臼挽き”もあります。更科粉と同義にされることも多い“一番粉”は白く上品な味わいが特徴です。中層粉の“二番粉”、“三番粉”に進むにつれて香りも風味も強くなり、色も濃くなっていきます。
NOMA
つゆはどうですか?地元の佐賀から上京したての頃、東京のつゆが黒くてとても驚きました。東日本と西日本ではつゆが違いますよね。
ほし
若かりし頃、私も驚いた(笑)。関東はやや硬い水なので濃口醤油や厚削りの鰹節が合い、蕎麦を付けて食べるスタイルが受けた。一方、関西は軟水なので薄削りの鰹節や昆布と相性が良く、つゆも一緒に飲むスタイルになったんです。
休日の昼下がり、かまぼこと焼き海苔でお銚子1本。気持ち良くほろ酔いになった頃合いで、いよいよ真打ちの蕎麦が登場!まずは元祖、“天もり”“天ざる”からいってみよう。
休日の昼下がり、かまぼこと焼き海苔でお銚子1本。気持ち良くほろ酔いになった頃合いで、いよいよ真打ちの蕎麦が登場!まずは元祖、“天もり”“天ざる”からいってみよう。
NOMA
一番粉の“天もり”と更科粉の“天ざる”だと、微妙に色合いが違いますね。
ほし
さぁ、いただきましょう。
NOMA
食べ比べると、違いがはっきりわかります。“もり”は上品な風味だし、“ざる”は喉越しがなめらか。それぞれに魅力があります。そういえば、蕎麦の長さは決まっているんですか?
ほし
長さは「うどん一尺、蕎麦八寸」と言って、24cm前後でした。江戸時代は畳の上に座って蕎麦を食べていたので、ちょうどたぐりやすい長さに切っていたわけです。椅子に座って食べるようになった現代では、少し短めの21cm前後が主流です。
NOMA
歴史の話でも思いましたが、環境に合わせて蕎麦は進化していってるんですね。江戸時代から脈々と受け継がれた形をベースにマイナーチェンジしていることに驚きます。蕎麦にもトレンドがあるんですね。
更科粉を卵白でつないだ“ざる”702円は、色白艶やかでなんとも色っぽい。上品な香りとなめらかで心地良い喉越し。飽きのこない楚々とした味わいだ。
更科粉を卵白でつないだ“ざる”702円は、色白艶やかでなんとも色っぽい。上品な香りとなめらかで心地良い喉越し。飽きのこない楚々とした味わいだ。
NOMA
“焼きのり”や“板わさ”などのおつまみも、江戸時代から蕎麦屋さんの定番なのでしょうか。
ほし
神田に「豊島屋」という酒屋兼一杯飲み屋がありましてね。蕎麦のゆで上がりを待つ間、酒のつまみに出したのが“焼き海苔”や“板わさ”だったんじゃないでしょうか。このとき飲んだ酒は別名「蕎麦前」と呼ばれました。「蕎麦前」という言葉が生まれたのは「豊島屋」だと言われています。江戸の町には蕎麦屋以上に居酒屋がたくさんありましたが、蕎麦屋のメインはあくまで蕎麦。ひとりかふたりで訪れて蕎麦前をサッと飲んで、蕎麦で〆る。蕎麦屋で長っ尻は野暮、ってやつですね。その名残が今も蕎麦屋にあるわけです。
NOMA
老舗の粋な雰囲気にはそういう流れがあるんですね。飲みすぎる心配もないし、お蕎麦屋さんに悪いところはひとつもありません(笑)。
ご近所「山本山」の“焼き海苔”378円は、折り目正しい漆塗りの入れ物に入って登場。
ご近所「山本山」の“焼き海苔”378円は、折り目正しい漆塗りの入れ物に入って登場。
むっちりとした食感と力強い味わいの“かまぼこ”648円。わさびと生のり付き。これだけでお酒が進む。
むっちりとした食感と力強い味わいの“かまぼこ”648円。わさびと生のり付き。これだけでお酒が進む。

――つづく。

「お昼間からおつまみでお酒を飲んで、色んなお蕎麦を食べられて幸せです」と、嬉しそうに蕎麦をたぐるNOMAさん。
ほしさんが理事長を務める「江戸ソバリエ協会」の会員バッヂは、蕎麦の実がモティーフ。
「おひとつどうぞ」「や、これはどうも」。熱い蕎麦トークに加えて佐賀のローカル話にも花が咲く。昼酒の愉悦。
数多の蕎麦通に愛されてきた飴色の机は、なめらかな手触り。坪庭を望む席に好んで座る人も多い。

店舗情報店舗情報

室町 砂場
  • 【住所】東京都中央区日本橋室町4‐1‐13
  • 【電話番号】03‐3241‐4038
  • 【営業時間】11:30~20:30(L.O.)、土曜は~15:30(L.O.)
  • 【定休日】日曜、祝日
  • 【アクセス】東京メトロ「三越前駅」、JR「新日本橋駅」より3分、JR・東京メトロ「神田駅」より4分

文:森本亮子 写真:本野克佳 ヘアスタイリング:河原里美

森本 亮子

森本 亮子 (編集者・ライター)

1980年兵庫生まれ、東京・錦糸町界隈に生息。出版社の雑誌編集を経てフリー9年目。肉(偏愛部位はハラミとクリ)、酒、下町酒場、イタリア、盆栽が好き。