TOKYO蕎麦めぐり。
「総本家 更科堀井」で"御前蕎麦"。

「総本家 更科堀井」で"御前蕎麦"。

江戸っ子たちの間で蕎麦が大フィーバーした江戸時代中期、その魅力にハマっていのは庶民だけにあらず。お殿様やブルジョワ階級も夢中になった高級蕎麦屋の存在がありました。

お殿様も蕎麦の虜だった!

「江戸ソバリエ協会」理事長のほしひかるさんと蕎麦好きモデルのNOMAさんがやって来たのは、麻布十番の「総本家 更科堀井」。創業230年を迎えた、言わずと知れた蕎麦の名店です。ほしさんによると「蕎麦好きたるもの『更科堀井』で“お殿様の蕎麦”を食べないことには」とのことですが……!?

東京の蕎麦をめぐるふたり

ほしひかる

ほしひかる

佐賀県佐賀市出身。豊かな知識とわかりやすい解説でビギナーからツウまで幅広く支持される、蕎麦界の博覧強記。偏愛蕎麦屋は両国「江戸蕎麦 ほそ川」。江戸の蕎麦の通人を表す民間の資格「江戸ソバリエ」認定委員長であり、深大寺そば学院講師や「武蔵国そば打ち名人戦」審査員も務めている。共著に『休日の蕎麦と温泉めぐり』『江戸蕎麦めぐり』(ともに幹書房)がある。

NOMA(ノーマ)

NOMA(ノーマ)

佐賀県佐賀市出身。ファッション雑誌からラジオのパーソナリティまで幅広いジャンルで活躍中の人気モデル。生態学者である日本人の父とシシリア系アメリカ人の母を持ち、佐賀の大自然に囲まれて育つ。ライフワークは蕎麦と植物と宇宙。江戸蕎麦は原宿「玉笑」と両国「江戸蕎麦 ほそ川」がフェイバリット。蕎麦打ちにも興味津々。VOGUE JAPAN WEBで「モードな植物哲学。」を連載中。TOKYO FM「東京プラネタリー☆カフェ」でパーソナリティを務める。

NOMA
いかにも老舗らしい佇まいですね。今年の夏は家族の住むニューヨークを拠点に、パリ、バルセロナなどに数か月滞在したのですが、お蕎麦が食べたくて仕方なくて。今日は楽しみに伺いました。
ほし
それはさぞかし蕎麦が恋しかったでしょう。久し振りの蕎麦が“更科の総本山”というのが良いですね。
外観
二日と置かずに来店する蕎麦好きや地元の人に加えて、客層がワールドワイドなのも各国大使館が集まる麻布十番エリアならでは。「外国の方も上手に蕎麦を召し上がりますよ」と社長の堀井良教さんは話す。
ほし
今日は九代目店主の堀井良教さんにお時間をいただいたので、お江戸な蕎麦話とまいりましょうか。2019年でちょうど創業230年を迎えられましたね。
堀井社長
十一代将軍の徳川家斉の頃に、初代が麻布界隈で蕎麦屋を開いたのが始まりです。寛政元年、1789年のことです。信州特産の信濃布を商っていたのですが、領主の保科家から「お前は蕎麦打ちが上手いから蕎麦屋になりなさい」と言われ、信濃国の更級という土地から保科家の江戸屋敷のほど近くにやって来ました。屋号は蕎麦の集積地だった更級の「級」から保科の一字をいただいて、「信州更科蕎麦処 布屋太兵衛」。当時から大名屋敷や大きなお寺へ出入りしており、次第に評判になって将軍家にも繋がりができていきました。
ほし
更科蕎麦が“御前蕎麦”と言われる由縁ですね。「あの蕎麦屋は旨いぞ」とお殿様ネットワークで話題になり、更科ブームが起こったわけです。創業当時から高級蕎麦屋としてスタートした。
座敷
NOMA
更科と言えば白いお蕎麦をイメージしますが、どうして真っ白になったのでしょう?
堀井社長
出前をすると、デンプン質の多い黒い蕎麦は蕎麦同士がくっついてしまいます。それでは見栄えが悪いので、挽き方を改良して蕎麦の実の芯の部分だけを使い、現在の白い蕎麦ができたようです。
ほし
大名屋敷のお殿様や大きなお寺の偉いお坊さんたちも、当時から看板メニューだったこの白い更科蕎麦に首ったけだったわけですね。
堀井社長
蕎麦を磨き上げていって現在の白い蕎麦ができたのは明治中頃です。蕎麦の価格が十五銭の時代に、うちの更科蕎麦は6倍の一円でしたから、当時は、上流階級がメインの客層だったようです。お金持ちそうなマダムが店前に籠を持って来店している絵が自宅に残っています。
堀井良教さん
九代目店主の堀井良教さん。蕎麦界の垣根を超えて、日本食のPRイベントや勉強会など、蕎麦を世界に広める活動にも精力的に取り組む。
ほし
それにしても、血筋九代にわたって蕎麦の商いを続けて来られたのはすごいことです。
堀井社長
大学を卒業してお蕎麦屋さんで数年修業してから店に入ったから、かれこれ36年蕎麦をやっています。いやだなぁ、歳を取るわけだ(笑)。私が店に入ってから、当時もてはやされていた機械打ちから手打ちに戻して、つゆも甘さを少し抑えて、蕎麦の実や挽き方も改良。おつまみのメニューも新しくしました。今も若いスタッフからアイデアを募っています。実は少しずつあれこれ変えているんですよ。
NOMA
家訓みたいなものはあるんですか?
堀井社長
「“口福”なもの、つまりとにかく一番おいしいものを提供しろ」というのはあります。「蕎麦屋になれ」と言われたことは店に入るまで一度もなかったです。でも使命感みたいなものは、なんとなくあったかなあ。
さらしな
品格ただよう純白の“さらしな”950円は、上品な甘みとむっちりとした喉越しが特徴。この時ばかりはお殿様気分でいただこう。
NOMA
わあ、白が美しいですね。それに喉越しがとても心地良い。
ほし
「更科らしさ」とはこの純白と喉越しで、むしろ、釜から上げ立てより少し時間を置くと、 “ほわっ”と蕎麦の味が引き立つと言われます。だから蕎麦好きは運ばれて少し置いてから、箸でチョイチョイと水を切りながら蕎麦をたぐる。そしてこちらのもうひとつの特徴は、量が多くて食べごたえがあることです。
堀井社長
祖母が昔「うちは蕎麦が高いんだから絶対に量を少なくするな」と言っていました。上品な盛りのお蕎麦屋さんと比べたら、2倍くらいあるかもしれません(笑)。
NOMA
お殿様の蕎麦は、蕎麦好き皆に平等に優しい仕様なんですね。
NOMAさん
そばずし
“そばずし”1,020円。酢水で洗うことで鮨らしさをまとった“さらしな”と筍、人参、椎茸、胡麻を和えて詰めたいなり、干瓢、玉子焼き、田麩などを巻いた太巻をひと皿に。田麩と海苔以外は自家製。

ニューヨークで蕎麦を食べる日。

ほし
ニューヨークに出店計画があると聞きましたが、いかがですか?
堀井社長
近い将来、日本酒も飲めるバー併設の蕎麦レストランをオープンするために準備中です。ニューヨークにはラーメン、うどんと日本の麺ブームがきましたが、蕎麦はまだまだ伸びしろがあります。とはいえアメリカには麺をすする文化がないので、うちの“さらしな”をベースに地域性を活かした変わり蕎麦にもチャレンジしたいと考えています。
NOMA
ワオ、嬉しい!パリとロンドンには手打ち蕎麦を楽しめる日本食レストランがありますが、ニューヨークをはじめ、アメリカには手打ち蕎麦屋がまだ少ないのでとても楽しみです。
ほし
アメリカは品質の良い蕎麦粉の生産地ですし、そのうちに土地に根ざした手打ち蕎麦が気軽にいただけるようになるかもしれませんね。
玉子焼き
人気の“玉子焼き”750円。蕎麦つゆがじゅわりと染みて、きっちり甘い江戸の味。昨年、血糖値の上昇を緩やかにするレアシュガーを導入した。
NOMA
ニューヨーク支店のお話もそうですし、若い人の意見を取り入れて新メニューをつくったり、SNSに精力的に記事をアップされていたり、と長い歴史にとらわれずに日々変化し続けておられるのが素晴らしいですね。
それにしても……さっきから “季節の変わり蕎麦”というメニューが気になります。
ほし
さすがNOMAさん、お目が高いですね。「総本家 更科堀井」で外せない存在が“変わり蕎麦”なんですよ。
NOMA
それは素敵。早くいただきましょう!
外観
長い歴史のなかでマイナーチェンジを重ねてきた店こそが老舗になると気づかせてくれる場所。その風通しの良さからか客もスタッフも若い人が多い。

ーーつづく。

店舗情報店舗情報

総本家 更科堀井
  • 【住所】東京都港区元麻布3-11-4
  • 【電話番号】03-3403-3401
  • 【営業時間】11:45~20:30(L.O.)、土日は11:00~
  • 【定休日】水曜、1月1~3日、8月第1週
  • 【アクセス】東京メトロ・都営大江戸線「麻布十番駅」より5分

文:森本亮子 写真:本野克佳 ヘアスタイリング:河原里美

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森本 亮子(編集者・ライター)

1980年兵庫生まれ、東京・錦糸町界隈に生息。出版社の雑誌編集を経てフリー9年目。肉(偏愛部位はハラミとクリ)、酒、下町酒場、イタリア、盆栽が好き。