麺店ポタリング紀行
阪神ファンの店に、まずい店はない(たぶん)。

阪神ファンの店に、まずい店はない(たぶん)。

予約しないと目当ての店に入れなかったり(しかも何カ月も前から)、長い列に並ばなければ一杯のラーメンすら食べることが出来なかったり(何時間もね)、そんなことが当たり前の昨今、たまたま通りかかってーーそんな店との出逢いは、どれほどあるんでしょうね。最短距離もいいけれど、遠回りしてわかることもある。今回は類は友を呼ぶと言うんでしょうか。虎が引き寄せた縁で、タンメン。

この店には寅さんがよく似合う。

ホタテ、蛤は当たり前、牡蠣にあん肝、果てはトリュフにエトセトラ。かつての常識を覆す食材を使い、ラーメンは日々新たな高みへと向かって進んでいる。有意義なことだと思う。進化があるから人は熱狂する。業界が盛り上がる。
ただ、“一発当てたろ感”のある主張の強いラーメンは、往々にして僕には味が濃すぎる。塩分も脂分も強すぎる。東京や東京近郊の行列店はとくにそう。つくる側も食べる側も、インパクトを求めてどんどん過剰になっているんじゃないだろうか。そういうラーメンは一杯食べるのもしんどい。店の主張に疲れてしまう。
そんな僕が、昭和50年創業の「ターキー」では、ラーメンのほかに炒飯と餃子も食べたのに、もう一杯ラーメンをお代わりしようと身を乗り出したのだ。それぐらい体に染みた。ただ、客で混み始めたので、泣く泣く店を出たのだった。
外は真っ暗だった。《中華そば》という44年前のロゴだけが灯っていて、時間を飛び越えたみたいだ。

夜になるとますます現実感が薄れ、幻想的。ほんとに夏目漱石の霊も来そう(→前回の話)。
夜になるとますます現実感が薄れ、幻想的。ほんとに夏目漱石の霊も来そう(→前回の話)。

自転車に乗り、夜の町を走る。食べたばかりなのに空腹を覚えた。うまいものを食べるとすぐに腹が減るのはなぜだろう(僕だけ?)。悦びが胃や腸を活気づけるのかな。
それにしても古い店のラーメンはまずかった試しがないな、と思った。店が続いてきた理由は、ちゃんとあるのだ。

《南池袋》という街区表示板が見えた。古い喫茶店があれば、ひと息つこうか。そう思った矢先、頭頂部の髪が鬼太郎の妖怪アンテナのようにピンと立ち、続いてその店が現れた。

2階の中華店の店主曰く、1階は義理のお兄さんがやっている和食屋さんだとか。
2階の中華店の店主曰く、1階は義理のお兄さんがやっている和食屋さんだとか。

「サン浜名……」
さっきは時間を飛び越えたみたいだ、と思ったが、今度は東京も飛び越えたような気持ちになった。名前も見た目も昔のドライブインみたいだ。池袋なのに。
看板には喫茶、中華、うなぎ、和食、とあった。1階はいかにも和の定食屋だが、2階は電飾がキラキラ光っている。一体どんな店なんだ?
その怪しい2階へと上っていくと、テーマパークのゲートを思わせる扉が現れた。

ジャズが流れていそうだけど、「男はつらいよ」が流れていました。
ジャズが流れていそうだけど、「男はつらいよ」が流れていました。

扉の向こうに広がっているのは、きっと別世界に違いない。ワクワクしながらドアを開け、中に入ると、「キター!」。

新しい優勝グッズが矢野阪神で飾られることを祈ってい新しい優勝グッズが矢野阪神で飾られることを祈っています!ます!
新しい優勝グッズが矢野阪神で飾られることを祈っています!

そこは別世界ではなかった。郷里だった。僕もまた去年の阪神タイガースの最下位にがっくり肩を落としたひとりなのだ。

店主らしきおじさんが常連らしき客たちと盛り上がっている。「コーヒーだけでもいいですか」と聞いたら、おじさんはやわらかい笑顔で「いいですよ」と答えた。
奥の窓側の席に行って座る。お品書きが壁じゅうに貼られ、「おすすめ」という文字があちこちで踊っていた。

「サン浜名」おすすめ料理の数々。
「サン浜名」おすすめ料理の数々。
肉やさいケチャッピの「ピ」はピーマンのことでしょうか?
肉やさいケチャッピの「ピ」はピーマンのことでしょうか?
おすすめ料理もいいけど、その上の写真につい目が行ってしまいます。
おすすめ料理もいいけど、その上の写真につい目が行ってしまいます。

カレー餃子、レバフライ、きくらげ定食(?)、肉やさいケチャッピ(?)などなど、「おすすめ」が数えてみると30品ぐらいあり、四方の壁からプッシュしてくる。注文を取りにきた店主にコーヒーとだけ告げるのは気が重かった。
「喫茶」と一応謳っている店にしては珍しく、コーヒーはインスタントだった。店内にはBS放送の寅さんが流れている。もうすぐ令和だって?バカ言っちゃいけないよ、昭和だよ。

電飾、ソファ、提灯……昭和レトロを模倣した店では真似のできない空間演出。
電飾、ソファ、提灯……昭和レトロを模倣した店では真似のできない空間演出。

店名のサンはサンテレビのサンじゃなかった。

やはり小腹が空いてきた。「おすすめ」の圧力に負け、エビ餃子を頼む。
てっきり半透明の丸っこいプリプリ蒸し餃子が来るのかと思ったら、見た目は普通の焼き餃子だった。食べてみると、肉餃子にエビの切り身が入っている。あれ?旨いじゃん、と思った。

エビ餃子4個入り550円。1個食べてから撮っていないことに気付き、慌てて撮影。よくやります。

餃子を食べたらさすがに満足するだろうと思っていたのに、ますます腹が減ってきた。「ターキー」のラーメン以降、何かおかしくなっている。悦びが満腹中枢を破壊している。ええい、行ってまえ。
「すみません、タンメンひとつ」
1軒目のターキーと合わせると、餃子2皿に炒飯にラーメン、そしてタンメン。わずか2時間ほどの間にこんなに食べて大丈夫だろうか?――大丈夫なのだ。自転車に乗ってカロリーを燃やしているから。食べ歩きにはやはり自転車がいい。富士には月見草がいい。
そら、タンメンのおでましだ。

タンメン700円。キクラゲとツルシコ麺のハーモニーが絶妙。
タンメン700円。キクラゲとツルシコ麺のハーモニーが絶妙。

正直に言うと、これも期待していなかった(ごめんなさい)。でも普通にうまかった。ラーメン、餃子、炒飯を食べた後だったので、さすがに途中で残すだろうと思っていたのに、麺の最後の一本、キャベツの最後の一片まで、飢えたサメのように猛烈な勢いで食べた。そもそもまずいラーメンなんていうものはこの世に存在しないのだ、と思った(だがこの数日後、ネットのクチコミでやたらと評価の高い店に行って長蛇の列に並び、ラーメンを食べたら、やっぱり塩辛くて、僕にとっては掛け値なしにまずかった。好みというのはほんと謎だ)。

お会計のとき、店主とタイガース話で盛り上がった。プロ野球はこれだからいい。すぐに仲間になれる。
店のことを聞くと、店主は41年目だと答えた。
「えっ、そんなに?……マスターは初代じゃないですよね?」
店主も常連さんたちもニヤリと笑った。
「何歳に見える?」
合コンの会話かいな、と思いつつ、僕も定石どおり多少サバを読んで「50代ですよね?」と言ってみた。
「ふふふ、71歳」
「えっ!?」
これにはたしかに驚いた。

「矢野監督は勝っても負けても応援するよ~」。同感です!
「矢野監督は勝っても負けても応援するよ~」。同感です!

「ところで『サン浜名』ってどういう意味なんですか?」
「私の親父が昔『太陽軒』という店をやってて、それを引き継ぐ形になったんだけど、太陽軒なんて古臭い名前は嫌だったんです。だから太陽を英語にして「サン」。で、私が浜名湖近くの出身だから『サン浜名』。こっちの名前のほうが新しいでしょ」
いや、どちらかというと「太陽軒」のほうがまだ……と喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。時代が一周したのだ。

自転車と一緒に撮ると、ますます旅の1ページっぽい写真に。池袋ですけどね。
自転車と一緒に撮ると、ますます旅の1ページっぽい写真に。池袋ですけどね。

さすがに満腹だった。いくらなんでも食べすぎだ。でも、飛び込みで入った店が当たりだったからか、心は綿毛のように軽かった。
夜の町に漕ぎだしながら、ひとり勝手に得意な気分になっていた。気ままに街を泳ぎ、直感で古い店に入る、そんな旅の仕方は、ネット情報を頼っていくよりおもしろいし、精度も高いのだ。

――つづく。

店舗情報店舗情報

サン浜名
  • 【住所】東京都豊島区南池袋2-43-16 2階
  • 【電話番号】03-3985-1767
  • 【営業時間】11:00~14:00、18:00~翌1:00
  • 【定休日】土曜、日曜の昼
  • 【アクセス】東京メトロ「東池袋駅」、都電荒川線「東池袋四丁目停留所」より1分

文・写真:石田ゆうすけ

石田ゆうすけさん.jpg

石田 ゆうすけ(旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。