名物解体新書
どうしても欠かせない「本味醂」の奥深い世界|玉ひでの親子丼②

どうしても欠かせない「本味醂」の奥深い世界|玉ひでの親子丼②

東京・人形町にある鳥料理店「玉ひで」は親子丼発祥の店と言われている。だれもが愛する親子丼の「ORIGIN」はどのような材料でつくられているのか。第2回は、割下に使われる味醂の秘密に迫ります!

調味料選びにうまさの理由がある

「玉ひでの親子丼には砂糖は一切使わない。味醂と醤油でつくる割下だから、キレのある甘味が出せる」と、説明する玉ひで八代目主人の山田耕之亮さん。キレのある割下の材料が宝酒造の「本格米焼酎仕込 寶本味醂」(以下、寶本味醂)と、ヒゲタ醤油の「本膳」であることは前回紹介した。

寶本味醂について山田さんはこう評する。

キレが良く、スッキリした甘味があるんだよ。料亭向けに開発された商品だと聞いていて、玉ひでが使う繊細な味のシャモと卵との相性がとてもいい。

寶本味醂は税込み価格2,733円。
宝ホールディングスで広報を担当する奈良有里代さんに話を聞いた。

お話を伺った人

奈良 有里代

奈良 有里代

宝ホールディングス 環境広報部 専任課長。宝グループ広報担当。タカラ本みりんが料理を美味しくするたくさんの調理効果、特に“お酒のチカラ”について分かりやすく伝えるため日々奮闘中。新聞・雑誌・専門紙・Web等の取材対応・PR活動を通じて、宝酒造の様々な情報を発信している。

――寶本味醂って、大吟醸酒が買えるほどの値段なのですね。

奈良さん
商品名に「本格米焼酎仕込」とあることからわかるように、独自開発した香り酵母で仕込んだ米焼酎を使っています。コストダウンの努力は重ねていますが、どうしても原材料費がかかるので......。

――米焼酎を使っているのですか。だとすると確かに材料費がかかりそうです。逆に言えば、普通の味醂は米焼酎を使っていないということですか。

奈良さん
それを説明するには味醂についてお話しする必要があります。味醂の原材料はもち米と米麹、そしてアルコールです。普通はアルコールに醸造アルコールを使いますが、寶本味醂では米焼酎を使います。ここで原価の差が生まれます。もうひとつ、味醂の風味に似せた調味料に「味醂風調味料」があって、こちらはアルコールを全く、あるいはほとんど含みません。ですので、味醂には酒税がかかり、味醂風調味料には酒税がかからない。これも価格差の理由です。
玉ひででは寶本味醂をベースに複数の味醂を組み合わせて味作りをしている。
玉ひででは寶本味醂をベースに複数の味醂を組み合わせて味作りをしている。

――味醂風調味料は水あめ、ブドウ糖などの糖類にうま味成分や香料を加えたものだと聞いたことがあります。

奈良さん
味醂と味醂風調味料は、原料も製法も異なる別物なのです。両者を区別するためにアルコールを含む本来の味醂を「本味醂」と呼んでいます。

――原価が高くなっても、そして酒税がかかってもアルコールを使うということは、それだけアルコールが重要な役割を果たしているということですね。

奈良さん
その通りです。味醂に含まれるアルコールには、味の浸み込みを良くする、煮崩れを防ぐ、アルコール分が揮発するときに魚や肉の臭みを取り除いてくれる、という働きがあります。

――アルコール以外に、味醂はもち米と米麹を原料にしているとのことでした。麹菌の働きで米のでんぷんがブドウ糖に変わり、これが味醂の甘みになっているわけですよね。

奈良さん
実はブドウ糖だけでなくオリゴ糖などの複数の糖類がつくられています。この糖類が料理に上品な甘みを加え、煮ものに“てり”と“つや”を与えます。糖類だけでなく、アミノ酸や有機酸などの旨味成分や香気成分も同時に生み出されます。砂糖とは違う味醂のまろやかな甘みと旨味や香りは、麹菌の働きと言えます。

――米麹によってデンプンが糖に変わり、アミノ酸や香気成分がつくられる。日本酒造りと同じですね。

奈良さん
そこまでは同じですが、日本酒の場合は酵母の働きによって糖分がアルコールに変わっていきます。一方、味醂は日本酒と違って酵母を入れないのでアルコール発酵は起こらない。なのでアルコールを加えるんです。アルコールは日本酒製造における仕込み水の代わりです。ここで糖化・熟成が進んでいきます。

――だとすると、味醂の風味を決めるのは麹ですか、それともアルコールですか。

奈良さん
もち米、米麹、アルコールの3種類の材料だけでつくる味醂は、3つの材料すべての吟味が大事になります。中でも麹は重視していますね。宝酒造は酒造メーカーですから、清酒も焼酎も造っていて、もともと米麹の製造ノウハウがあります。その技術を活かして、料理に適した糖類や旨味成分が多く生まれる味醂用の米麹を開発してきました。もちろん、アルコールの種類によっても、味醂の味には違いが出ます。寶本味醂に使う米焼酎は、芳醇な香りが特長の自社仕込みの本格米焼酎(米と麹と水以外を使わず、単式蒸留器で蒸留した米焼酎)を使っています。そのまま飲んでもすごくおいしいんですよ。

――その米焼酎は売っていますか。

奈良さん
全く同じものは売っていませんが、「よかいち 米」が近いです。香りの良い「香り酵母仕込み」で造られているので、華やかな香りがあるのが特徴です。

――飲んでみたくなりました。ところで寶本味醂と一般の味醂はどう使い分ければいいでしょう?

奈良さん
もともと寶本味醂は、京都の料亭の方々から「繊細な京料理の味付けに適した味醂はできないか?」とのお声を頂戴し、それで開発した商品なのです。ですから、素材の風味を生かした料理には合うはずです。

――玉ひでが脂が少ない分あっさりしているシャモの親子丼に寶本味醂を使うのは理にかなっているわけですね。

奈良さん
旨味成分が多いので、玉ひでさんの割下のように、タレも食べる料理に使うと違いを感じられると思います。蕎麦つゆに使っても違いがはっきり出ます。
専用の鍋に割下が入ると、あたりに味醂のやさしい甘い香りが漂う。
専用の鍋に割下が入ると、あたりに味醂のやさしい甘い香りが漂う。

料理好きなら、味醂が酒販免許のある店でしか買えない酒であることはご存知だろう。さらに酒の歴史に詳しい人なら、味醂は江戸時代、甘い酒あるいは夏バテ防止ドリンク(大量のブドウ糖が含まれているのだから点滴のようなものですね)として飲まれていたことを知っているかもしれない。

筆者は以前から飲料として味醂に興味があり、いくつかの味醂を飲み比べてきた。寶本味醂を飲んだ感想も記しておこう。まず感じるのが華やかな香り。さわやかでフルーティな香りは確かに米焼酎を感じさせるが、口に含むと米焼酎とは異質の甘みと旨味が押し寄せる。だが、嫌な甘たるさではない。キレがよく、飲み下すと甘みはスッと消えいく。このまま甘口のリキュールとして楽しめそうだ。今回の取材を通じて、ちゃんとつくられた味醂がおいしいわけがよくわかった。

さて、落語好きな人なら味醂と聞けば、「柳陰のことはどうした」と言いたくなるだろう。夏の江戸落語の代表的な噺である「青菜」。うだるような盛夏、お屋敷の主人が出入りの植木職人に「ちっと休んで、一杯やらないか」と声をかける。この時に出されるお酒が味醂の焼酎割りである「柳陰(やなぎかげ)」だ。これも寶本味醂で試してみた。焼酎には「よかいち 米」を使い、1対2で割って氷をたっぷり入れて十分に冷やして飲んでみました。これ、なかなかいけます。

次回は割下をつくるのに欠かせない醤油の秘密に迫る。なぜ玉ひではヒゲタ醤油の「本膳」を選んだのか?一般公開されていない醤油蔵のリポートを交えてお伝えします!

店舗情報店舗情報

玉ひで
  • 【住所】東京都中央区日本橋人形町1-17-10
  • 【電話番号】03-3668-7651
  • 【営業時間】親子丼は11:30~13:30(入店)、コース料理は11:45~13:30(L.O.)、17:30~21:00(L.O.)
  • 【定休日】不定休(店のホームページに告知)
  • 【アクセス】東京メトロ「人形町駅」より1分

文:鈴木桂水 写真:花井智子

鈴木 桂水

鈴木 桂水 (ライター)

編集と執筆、ときどき写真。美食家になれない、食いしん坊の知りたがり。好奇心が強すぎて人気のラーメン店や餃子店に頼み込んで修行をしたことも。おかげで麺許皆伝。“料理の前”も知りたくて、いまは生産地巡りの日々。