名物解体新書
残りものから福来る。客が鳥鍋に卵を落として生まれた名物料理|玉ひでの親子丼①

残りものから福来る。客が鳥鍋に卵を落として生まれた名物料理|玉ひでの親子丼①

1760年創業の鳥料理店「玉ひで」。その代名詞ともいえる名物料理、親子丼の香り高く上品な甘味を湛えた味わいはどのようにしてつくり出されているのだろう。親子丼に使っている材料をすべて教えてもらおうと、玉ひで八代目主人を訪ねた。

そうだ、材料が違うからだ。

世の中にはレシピ情報が溢れかえっている。有名店のスペシャリテも例外ではない。「門外不出」「初公開」と銘打って一流シェフが明かすレシピの数々。これまでに何度もチャレンジしてきたが、「あの味」を完全に再現できたと思えたことはない。どこかが微妙に違う。敗北感とともに脳裏をかすめるシェフたちの余裕の笑み。「ふふふ、同じ味にはならないでしょ」。

   

そりゃあ、腕が違う。プロと素人を隔てるはるかに高い壁の存在はわかっている。でも、こちらも料理メディアの世界で20年以上仕事をしてきた身だ。もう少しはあの味に近づけてもいいはずじゃないか。そのときピンときた。材料が違うのだ。

あちらさんが使う牛肉や平目や玉ねぎや醤油は、鍛え抜かれた鋭敏な舌と長年の試行錯誤によって厳選された逸品揃いのはず……。

   

自分の腕を棚に上げて恐縮だが、そう考えると腑に落ちる。レシピを公開する有名店も素材の詳細まではまでは明かしていない。ならば教えてもらおう。プロの沽券にかけて、「いや、それは秘密です」なんて言わないと信じて。

玉ひでの親子丼
写真は、夜限定の“魁(さきがけ)”親子丼。スープと香の物が付いて3,800円。昼の親子丼は1,500円からある。

最初に知りたいと思ったのは人形町の「玉ひで」。言わずと知れた親子丼の発祥の店にして、東京を代表する老舗料理店のひとつである。昼時ともなれば、評判の親子丼を求めて長い行列ができる。

   

玉ひでの親子丼レシピはテレビ番組などでもたびたび取り上げられてきた。それをマネて、中心部はトローリと半熟で周辺部はふんわりとした卵焼きのような卵とじの火入れ具合はかなり近いものになったと思うのだが、香り高くすっきりとした甘味を湛えた味付けがどうしても再現できない。

   

調味料などに秘密が隠されているのではないかと睨んで、玉ひでの真っ白な壁に囲まれた城塞のような建物の扉を開ける。待ち構えていた八代目店主の山田耕之亮(やまだ こうのすけ)さんに疑問をぶつけた。

玉ひで店主の山田耕之亮さん
玉ひで店主の山田耕之亮さんは八代目。伝統を守りつつも、明治期のメニュー復刻やコンビニエンスストアとの弁当の共同開発など新しい挑戦にも意欲的。

初代は将軍の御鷹匠。そして出張料理人に。

――今日のランチも大行列でした。これだけの人をひきつける、玉ひでの親子丼はどんな材料でつくられているか知りたくてやってきました。

山田さん
レシピじゃなくて材料ですか。構いませんよ。でも、食材を知っただけでは玉ひでの親子丼を知ったことにならないんだよね。玉ひでがお客様に親子丼をお出しするまでの歴史や経緯も知っていただかないと。

――歴史と経緯もお聞きします。

山田さん
玉ひでの創業は江戸時代中期の1760年。九代将軍の徳川家重から十代将軍の家治に代替わりした年です。初代の鐵右衞門(てつえもん)は、将軍家に使える「御鷹匠(おたかじょう)」の職に就いてね。鐵右衞門は、庖丁式(食材に直接手を触れずに包丁とまな箸を用いて食材を切り分け並べる儀式)で鶴を切る役目だったようです。

――江戸時代から鳥を捌いていたんですね。しかも、将軍のために。

山田さん
この歴史が大切なんです。御鷹匠の手当だけでは苦しかったようで、鐵右衞門は副業として料理屋を始めた。大名などから頼まれたときだけの不定期営業だったようで、いまでいう出張料理人ですね。その中から鳥のすき焼きが生まれたんです。その後、三代目のときに御鷹匠の職を返上して鳥鍋専門店として店を構えて営業を始めた。つまり玉ひでは、昔からずっと鳥鍋の店だったわけ。親子丼の店ではなくなってね。
山田さん
昭和に入ると、戦時中の空襲で店がなくなってしまい2~3年は鶏肉の切り売りみたいなことをしていたみたいですが、戦後すぐから昼はお弁当、夜は鳥のすき焼き屋という形態でやっていました。1979年に父の代になって昼は親子丼、夜が鳥のすき焼きに変えているんですね。

――1979年ですか。思ったよりずっと最近になって親子丼が登場するんですね。

山田さん
親子丼自体はもっと前からあったんですよ。鳥鍋を食べていたお客さまが鍋の残りに生卵を入れて卵とじにして召し上がったらしくてね。五代目の女将がこれを参考にして親子丼を考案したんです。1891年のことです。
山田さん
でも、五代目の女将は、汁かけの丼物を売ると店の格が落ちると心配して出前専用の料理にしたんです。「店では一切出さないように」と命じ、六代目もその遺言を守り続けた。一方で、出前や仕出しでは親子丼を提供して、これが人気を博しました。当時、日本橋は金融の中心になりつつあってね。いまでは明治座ぐらいしか残っていないけど、歌舞伎がかかる劇場や芝居小屋、演劇場も多くありました。実は魚河岸もあったんですよ。こうしたところで働く人たちが、「今日は大入り満員だった」「良い取引ができた」とお祝いに親子丼を注文したそうです。いまの金額にすると、一杯5,000円くらいのごちそうだったんですよ。
親子丼

――玉ひでの親子丼は鳥鍋の残りから生まれた?

山田さん
その通り。お客さまが喜んでくれる親子丼をつくるには、鳥鍋がおいしいことが前提になるんです。だから、玉ひでの歴史を最初にお話しておきたかったんですよ。

――なるほど、それではいよいよ材料に。

山田さん
繰り返しになるけど、玉ひでの親子丼の原点は鳥鍋です。この鳥鍋に使う割下には、砂糖は全く使いません。昔から味醂(みりん)を使っていたんですよ。かつて味醂は安定的に仕入れるのが難しい貴重品でね。だから、味醂が手に入らないお店は代用として、味噌、砂糖、酒を調合して使っていたそうです。でも、玉ひでは、徳川家御用達だったこともあって、年中、味醂が手に入った。醤油も重要です。醤油と味醂だけでつくる割下が、玉ひでの鳥鍋と親子丼のベースになっているわけです。

――その味醂と醤油、どこの会社のどんな銘柄か教えてくださいませんか。

山田さん
味醂はね、宝酒造の本格米焼酎仕込「寶本味醂」。醤油はヒゲタ醤油の「本膳」。どちらも玉ひでとは縁が深い。それぞれに思いのある調味料です。

山田さんはすんなりと教えてくれた。よし、これであの味に一歩近づいた。

次回、玉ひでがなぜ、この2つの調味料を選んだのかを詳しく聞いていきます。

文:鈴木桂水 写真:花井智子

店舗情報店舗情報

玉ひで
  • 【住所】東京都中央区日本橋人形町1-17-10
  • 【電話番号】03-3668-7651
  • 【営業時間】親子丼は11:30~13:30(入店)、コース料理は11:45~13:30(L.O.)、17:30~21:00(L.O.)
  • 【定休日】不定休(店のホームページに告知)
  • 【アクセス】東京メトロ「人形町駅」より1分
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鈴木 桂水(ライター)

編集と執筆、ときどき写真。美食家になれない、食いしん坊の知りたがり。好奇心が強すぎて人気のラーメン店や餃子店に頼み込んで修行をしたことも。おかげで麺許皆伝。“料理の前”も知りたくて、いまは生産地巡りの日々。