「玉ひで」の創業は宝暦10年。20の年号を超えて、次は令和へと歩みだす。江戸時代より受け継がれている親子丼の解体新書。八代目主人の山田耕之亮さんが親子丼のレシピを披露して、大団円となります。
「玉ひで」の親子丼の神髄を知るべく、食材探しから始め、いよいよ親子丼づくりに挑戦するときがきた。
レシピは、すでにテレビや雑誌などで紹介されており、筆者も研究してきた。これまで何度か挑戦してみたけれど、納得できる親子丼はできなかった。
玉ひでの厨房で、山田耕之亮さんが親子丼をつくっている姿を見れば、秘密がわかるかもしれないと、ランチの営業が終わったばかりの玉ひでを訪ねた。
鶏もも肉 | 40g |
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鶏むね肉 | 32g |
卵 | 2個(LL) |
白米 | 210g |
割下 ※ | |
・ 味醂 | 150ml(賽本) |
・ 味醂 | 50ml(丸もち) |
・ 醤油 | 100ml(本膳) |
・ 水 | 200ml |
鶏ガラスープ | 適量 |
※つくりやすい分量(80ml使用) |
鶏肉は皮を剥がし、脂肪や筋を取り除いて、8gになるように切り分ける。
割下の材料をすべて鍋に入れて強火にかけ、沸騰したらもも肉を加え、表面が色づいたら火を止める。別の鍋で鶏ガラスープを温め、むね肉を入れて8分弱火で煮込む。もも肉とむね肉はザルにとっておく。割下は1人前80mlを使用。使わない分は冷蔵庫で保存する。
蓋付きの丼にごはんをよそい、平らにならしておく。
親子鍋を温めるために、湯を沸かす。沸騰したら鍋を空にして、下準備で火を入れた割下80mlを中火で温める。もも肉5切れとむね肉4切れをくっつかないように散らす。
1を温めている間に、卵2個をボウルに割り入れ、溶きほぐし、注ぎ口のある容器に移す。
割下が煮立ち始めたら、卵の3/4の量を回し入れる。沸騰してしまうと、すぐに水分が蒸発してしまうので、注意する。
卵の薄いところがないように、おたまでならす。卵の縁が盛り上がってきたら、残りの卵を中心に回しかける。
縁の方から滑らせるようにして、ごはんの上にのせる。
丼の蓋をかぶせ、余熱で表面の卵を温める。3分待って、でき上がり!
1961年、東京都生まれ。江戸時代から続く「玉ひで」八代目主人。法政大学社会学部応用経済学科卒業後、日本料亭などでの修業を経て、「玉ひで」へ。1998年に八代目を継承。鳥料理の研究に余念がなく「鳥すき」「親子丼」のさらなるおいしさの向上を追求している。
筆者も玉ひでの厨房で親子丼づくりに挑戦してみた。なるほど、先生がいいので、それなりに見栄え良く完成した。
山田さんがつくった親子丼と比べると、違いはあるものの、比べなければわからないレベルだと、さぞ満足顔になっていただろう。すると山田さんが「上手にできたと思ってるでしょ?」とニヤリと笑いながら言った。
「親子丼はそんなに甘くないですよ」
それは一瞬の出来事だった。山田さんは自分がつくった親子丼と、筆者がつくった親子丼を、蓋をかぶせたまま瞬時にひっくり返したのだった!
まさに“天地逆転”だ。丼を外すと、ごはんが上になり、親子丼の見る影はもうない。ああ、撮影する予定だったのに……。
「これを見てください。私がつくった親子丼のごはんには、割下が均等に染みています。もう片方は、ごはんの半分にしか割下がかかっていません。これを食べると、半分は味が濃くて、半分は味が薄く感じるんですよ。これでは、おいしい親子丼とは言えないですね。具を乗せる瞬間、丼を水平に持っていると、ごはんにかかる割下が一箇所に集中してしまいます。具を受け止める丼に少し角度をつけて、鍋を素早く引くことで、ごはんに満遍なく割下がかかるのです」
筆者がつくった親子丼は上っ面だけで、おいしくないということなのか……。成功したと思ったのに、ショックだった。
「私たちは毎日、200杯以上の親子丼をつくっています。その積み重ねで、お客さまに認めていただける腕前になっていくんですよ」
「親子丼はファストフードではなく、完成された料理です」という山田さんの言葉が印象に残った。実際につくり方を教わると、なるほどと膝を打つ思いだ。
鶏肉の下処理ひとつを見ても、細かな筋を丁寧に、すばやく取り除いていた。横で見ていると「こんなところにもスジがあったのか?」と驚いた。
よく“道を極める”というが、山田さんの仕事ぶりを見て“極めると道ができる”という思いがした。
玉ひでの親子丼は“親子丼道”のなせる技だと実感した。筆者もここで諦めず折に触れ、親子丼をつくり続けようと決心した。
おわり。
文:鈴木桂水 写真:山出高士