
約35年前、本誌の創刊時から編集部がとてもお世話になった料理人がいる。吉祥寺「知味 竹爐山房」(現在は閉店)の山本豊さんだ。中国全土の料理に通じ、技術に裏打ちされた品のあるきれいな味わいの料理は多くのファンを魅了した。今は引退した山本さんに、膨大なお宝レシピの中から、夏に食べたい人気メニューを公開してもらった。1回目は旨味ほとばしる和牛の赤身と鮮やかに香り立つ香辛料がたまらない、「牛肉ゴロゴロ麻婆豆腐」です。
吉祥寺に降り立つ度に思い出す料理人がいる。「知味 竹爐山房」の店主、山本豊さんだ。大皿から取り分けるのが主流だった時代に、小皿スタイルのコースを打ち出して“ヌーベルシノワ″の潮流を牽引。伝統技法に基づきながらも繊細で洗練された料理は、まさに中華のエポックメーカーだった。しかも、学問の殿堂「湯島聖堂」の中国料理研究部で調理を担当していた経歴から深い知見を持ち、本誌にも創刊号から度々登場。私も何度お世話になったことか。


そんな名料理人は、2019年に店が幕を下ろすのと同時に勇退。伝説となったあの味をもう一度……と願っていたらやって来たのだ、復活の日が。調理場に立つのは紛れもなくかのレジェンド。多くの人を唸らせたレシピを直々に教えてもらえるとは!
数あるメニューから選んだのは夏にふさわしい4皿。トップバッターは角切り牛肉がゴロゴロ入る麻婆豆腐だ。「当時は、希少な岩手の短角牛でつくっていましたが、今回は和牛の赤身肉を使います。それでも十分贅沢なおいしさになりますよ」。そう言って山本さんは調味料からつくり始めた。味のベースには熟成期間が長く旨味のある郫県豆板醤(ピーシェントウバンジャン)を選び、発酵唐辛子の辣椒醤(ラージャオジャン)をブレンド。豆鼓(トウチ)は炒めたにんにくと合わせ、仕上げの辣油も自家製だ。この緻密さこそレジェンドたるゆえんだろう。中華鍋を火にかけたら一気呵成(いっきかせい)。手際に見惚れるうちに気品あふれる麻婆豆腐が完成した。頬張れば花椒の香りが華やかに駆け抜け、重層的な旨味がじわじわ湧き上がる。豆腐の柔らかさと肉の歯ごたえのコントラストがリズムを生み、後に残るのは花椒の心地よい痺れ。人気メニューだったのも納得だ。

続くサラダ(2回目で紹介)でも揚げにんにくと2種の香味油をわざわざつくり、カレー風味の豚スペアリブ(3回目で紹介)は揚げて煮込んでまた揚げてという手の込みよう。一方、野菜の高菜炒め(4回目で紹介)では、漬物を調味料に使う中華の技と旬の味覚が軽やかに融合。日本の四季を巧みに織り込んだ中華でも山本さんはパイオニアだ。
名匠直伝の復刻レシピは手間の分だけ味わい深く香りも豊か。挑戦して伝説の味をぜひわがものに!
| 和牛赤身肉 | 60g(厚めのもの) |
|---|---|
| 木綿豆腐 | 350g(1丁)(1.5cm角に切る。2~3人分程度なら湯通しは不要) |
| 生姜 | 小さじ2(みじん切り) |
| にんにく | 小さじ2(みじん切り) |
| 長ねぎ | 大さじ1(みじん切り) |
| 豆板辣醤 | 25g(下記参照) |
| 葉にんにく | 30g(青ねぎでも可、1cm幅で斜め切り) |
| 旨味調味料 | 1つまみ(なくても可) |
| 水溶き片栗粉 | 大さじ1と1/2(水と片栗粉を2:1で合わせる) |
| 辣油 | 大さじ3(※) |
| 花椒粉 | 適量 |
| サラダ油 | 適量 |
| A | |
| ├ 醤油 | 小さじ1/2 |
| └ 紹興酒 | 小さじ1/2 |
| B | |
| ├ 醤油 | 大さじ1 |
| ├ 紹興酒 | 大さじ1 |
| ├ 豆鼓(トウチ)ペースト | 小さじ1(鼓汁、下記参照) |
| └ 鶏スープ | 230ml(鶏ガラスープの素でも可) |
※『dancyu』2026年夏号P124の「湯島聖堂の料理帖」では自家製辣油の自家製辣油のつくり方を紹介しています。

1.豆鼓125gは水で洗い水気を拭き取る。豆鼓の天地を返しながらまな板に当たらないよう寸止めで刻む。こうすると細かいかけらが出ず見映えよくなる。


2.中華鍋にサラダ油100mlを温め、にんにくのみじん切り50gを黄金色になるまで弱火でじっくり炒める。香りが立ったら1を加えてしっとりするまで炒めたら豆鼓ペーストの完成。冷蔵で約3カ月保存可能。

牛肉は1.5cm角の角切りにし、Aをからめて下味をつける。

油ならしをした中華鍋に50〜100mlの油を約150℃に熱し、①の牛肉に軽く火を入れ、ザルにあける。この工程を中華では“油通し”とぶ。肉は後で炒めるときにほぐれやすくなり、野菜も色鮮やかに仕上がる。

②の鍋の油を大さじ1残して油壺にあける。鍋に残した油に生姜、にんにく、長ねぎ、豆板辣醤を入れ、弱火でじっくり炒める。ここでしっかり加熱し豆板辣醤の香りを引き出す。

香りが立ったらBを順に投入して混ぜ、豆腐を加えて中火で煮る。豆腐がふっくらとしたら②の牛肉と葉にんにく、好みで旨味調味料を加えてひと煮立ちさせる。

水溶き片栗粉を加えてとろみをつけ、粉っぽさが出ないよう、強火にして一度しっかり火を入れる。器に盛りつけ、自家製辣油を回しかけ花椒粉をふる。




1949年高知県生まれ。68年、中国料理研究部に所属し、中国料理の道に進む。76年より中国料理研究部出身の故小笹六郎さんが開いた「知味斎」に勤務。87年、東京・吉祥寺に「知味 竹爐山房」をオープンし、旬の素材を取り入れた月替りのコース料理で中国料理界に新風を巻き起こした(2019年閉店)。著書『鮮 中国料理味づくりのコツ たまには花椒塩を添えて』、共著『野菜の中国料理』、『乾貨の中国料理』(すべて柴田書店)など携わった本は、中国料理を志す人にとって必携の書になっている。
文:上島寿子 撮影:今清水隆宏