令和の湯島聖堂「中国料理研究部」、第3回目は、聖堂の代表的な宴会料理で、クリスマスのときにもふるまわれた「米燻鶏(ミィシュンヂィ)」。香ばしく煎った米で燻す、中国式のスモークチキンです。
「米燻鶏(ミィシュンヂィ)」は読んで字のごとく、米で燻(いぶ)す丸鶏の料理だ。米を食べるのではなく、煎った香ばしい香りを丸鶏に移すためだけに使うのが中国料理ならではの贅沢な発想だ。
中国料理は「足し算の料理」と言われるが、それは単に食材を足すことに限らないことをこの料理は教えてくれる。メインで使う食材は、鶏のみ。そこに漬ける、蒸す、燻す、揚げると調理法を重ね、外はパリっと歯ざわりがよく、中はしっとりジューシューに仕上げる。燻すときもチップに頼らず、あらゆるものを総動員して“おいしい煙”をつくり出す。それはすべて鶏の味わいを最大限楽しむという、ただ一点に向かっている。
「米は香ばしさ、ジャスミン茶や香辛料は芳醇な香り、黄ざらめは色づけとほろ苦さと、それぞれ意味があります。味だけでなく食感や匂い、見た目といったあらゆる角度から鶏をおいしくする工夫が考えられているんです」と山本さん。
中国料理研究部のケータリングでも人気の料理で、忙しいときは1日に100羽の鶏を仕込むこともあった。ドラム缶におがくずをのせた七輪を置き、鶏を数羽吊るし、蓋をして燻す。聖堂の中庭で、山本さんは数え切れないほどの米燻鶏をつくったという。
ただし、当時のレシピと一つだけ変えたところがある。それは、燻製材としておがくずの代わりに蓮の葉を使うようにしたことだ。
きっかけは1986年、千葉県柏市の中国料理店「知味斎」が定期的に主催していた「求味の旅」だった。中山時子や、知味斎の主人の小笹六郎など元中国料理研究部のメンバーらとともに中国の江南地方を訪れ、南京にある「金陵飯店」の料理長で特一級厨師(中国最高位の料理人)の薛文龍(セツブンリュウ)氏に話を聞いたときのことだ。
「燻し肉の話になって、『私たちはおがくずを使っています』と中山先生が言ったら、セツ先生は『それはいけません』と。おがくずは機械で製材したときにできるため、どうしても機械油が付着してしまう。健康的にも風味としても好ましくないから、乾燥した蓮の葉を使ったほうがいいと教えてもらいました。以来、蓮の葉の上品な香りが加わることになりました」
中国清代の名著『随園食単』で著者の袁枚(エンバイ)は、嘉肴(かこう。よい料理のこと)は「なにも舌で味わってみなくても、見ただけあるいはにおいを感じただけで出来ばえのすばらしさがわかる」と記した。と同時に、砂糖で炒めて色つやを出したり、香料を用いて香りをつけたりしてはいけないと安易なやり方を戒めている。
米燻鶏は、まさに袁枚がいうところの「嘉肴」だろう。クリスマスには毎年、社員の食事でもふるまわれた聖堂の花形料理。手間はかかるが、実際につくってみると中国料理の真髄を深く体感できる一品だ。
(レシピには鶏の頭が出てきます。苦手な方はご注意ください)
ヒナ鶏 | 小1羽(1.2kg前後、中抜き*1、頭つき*2) |
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揚げ油 | 適量 |
花椒塩 | 適量(コラム参照) |
★ [燻製用] | |
・ 生米 | 30g |
・ 黄ざらめ | 30g |
・ ジャスミン茶 | 15g(茶葉) |
・ 花椒 | 6g |
・ 八角 | 30g |
・ 蓮の葉*3 | 中サイズ1枚(乾燥) |
★ [漬け汁] | |
・ 水 | 1リットル |
・ 長ねぎ | 80g(青い部分) |
・ 生姜 | 30g |
・ 塩 | 40g |
・ 花椒 | 4g |
*1 中抜きとは内臓を取り除いた鶏のこと。
*2 頭付き(なければ首付き)を使うのが望ましいが、手に入りにくければ頭、首はなくてもよい。今回は、東京・五反田の鶏肉専門店「信濃屋」(TEL:03‐3491‐9320)に頼んで頭付きにしてもらい購入(要事前相談)。
*3 蓮の葉(乾燥)は、中華食材店ほか、ネットでも購入可能。
★燻製用の鍋(大きめの中華鍋でもよい)、網、アルミホイル、ジャーレン(穴の開いた杓子)、鶏を吊るすためのS字フックを用意。
生姜は皮つきのまま、包丁の背で叩いて潰す。ねぎは、ふきんの上から包丁の背で叩く。ボウルに水を入れ、塩を加えて混ぜる。叩いた生姜とねぎ、花椒を加え、よく揉み込む。
鶏はくちばしを取り除き、口と腹の中をきれいによく水洗いをし、ペーパーなどで水気を拭き取る。1の漬け汁の入ったボウルに鶏を入れ、ラップをかけ、冷蔵庫に入れ、7時間ほど漬ける。保存袋に入れて漬けてもよい。
鶏を2のボウルから取り出し、漬け汁を軽く切る。形を整え、S字フックをあらかじめ差し込み、バットにのせる。蒸し器に入れ、強火で約30分蒸して取り出す。水気を切り、風通しのよい日陰に吊るす。表皮のしっとり感がなくなり、手で触って乾いていると感じるくらいまで1時間ほどしっかりと干す。
フライパンに米を入れて中火にし、ヘラでかき混ぜながら、乾煎りをする。芯までしっかり火が通るように、時々フライパンを振り、黄金色になるまでじっくり煎る。ボウルに乾煎りした米、砕いた八角、花椒、ジャスミン茶を入れ、蓮の葉をちぎりながら加える。水(分量外、適宜)を少しずつ加えて混ぜ合わせ、湿らせておく。
鍋にアルミ箔を敷き、その上に4の燻製材を平らに広げる。網をのせ、2の鶏を置き、蓋をして強火で燻す。煙が出てきたら中火にし、香りが十分に鶏に移り、全体が薄く褐色に色づくまで25分くらい燻す。煙の勢いがないときは水少々を加えるとよい。燻し終えたら鍋から取り出し、コンロのフード下などに吊るし、粗熱が取れ、表皮の水分が飛ぶまで30分前後干す。
鍋に揚げ油を入れて150℃に熱し、胸側を下にして鶏を入れる。油を回しかけながら、10分ほど揚げる。ジャーレン(穴の空いた杓子)の上で揚げると焦げつかない。全体が焦げ茶色になったら鍋から取り出し、油を切る。
熱いうちに、食べやすい大きさに切る。
皿に盛りつけたら、花椒塩を添えて供する。
参考文献:袁枚著、中山時子他訳『随園食単』柴田書店、1975年
1949年高知県生まれ。68年、中国料理研究部に所属し、中国料理の道に進む。76年より中国料理研究部出身の故小笹六郎さんが開いた「知味斎」に勤務。87年、東京・吉祥寺に「知味 竹廬山房」をオープンし、旬の素材を取り入れた月替りのコース料理で中国料理界に新風を巻き起こした(2019年閉店)。著書『鮮 中国料理味づくりのコツ たまには花椒塩を添えて』、共著『野菜の中国料理』、『乾貨の中国料理』(すべて柴田書店)など携わった本は、中国料理を志す人にとって必携の書になっている。
文:澁川祐子 撮影:今清水隆宏