令和の湯島聖堂「中国料理研究部」、第7回目は、北京式ほうれん草の胡麻だれがけ「涼拌菠菜(リャンバンボォツァイ)」。カリッと香ばしい干し海老、酸味とコクが絶妙の胡麻だれとの組み合わせが新鮮な北京のお惣菜です。
中国料理は脂っこい。そんなイメージを覆す、シンプルな野菜のおかずが聖堂レシピにはいくつもある。北京式ほうれん草の胡麻だれがけ「凉拌菠菜(リャンバンポォツァイ)」もその一つ。
ゆでたほうれん草に、油で炒めてカリッとさせた干し海老をトッピングし、甘味を加えていないさっぱりとした胡麻だれをかける。干し海老の食感、ねぎと生姜を加えた風味豊かな胡麻だれが、ほうれん草の甘味と旨味を底上げしてくれる一皿だ。
中国料理研究部のメンバーが中心となって編んだ『中国食文化事典』(中山時子監修、木村春子ほか著、角川書店、1988年)によれば、「拌(バン)」は「調味料、または油やきざんだ香味野菜などを混ぜた混合調味料で材料をあえること」とある。凉拌菠菜のように、食べるときにたれを混ぜ合わせる料理も「拌」と呼ぶ例が少なからずある。「涼拌」とは「冷たくすっきりと食欲をそそる」料理を指す。
今回紹介するにあたって、本場のレシピから変えたところがある。それは、ほうれん草を煮る時間だ。
聖堂レシピでは、おひたしをつくる要領でさっと煮る。一方、聖堂料理のアドバイザーであった景嘉先生直伝のレシピでは、なんと1時間も煮ると記されているのだ。愛新覚羅浩さんのレシピでも、ほうれん草を同じく長時間煮ていると山本さんは教えてくれた。愛新覚羅浩は嵯峨公爵家の長女で、国策によって愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)の弟、愛新覚羅溥傑(ふけつ)と結婚した人物である。
長時間煮る理由を、山本さんは次のように考えている。
「当時、中国で栽培されていたほうれん草は地植えで、今よりも硬くアクもだいぶ強かったのでしょう。加えて中国では、日本と違ってクタクタに煮た野菜の食感を好む傾向にあります」
味は言わずもがなだが、ほうれん草の煮方一つとっても、食材の今昔、両国間の嗜好という違いが浮かび上がってくるのが面白い。
ラストエンペラー、愛新覚羅溥儀が好んだとされる家庭的な惣菜。胡麻だれは、ほかの野菜にかけてもおいしいので、覚えていて損はない。いつものおひたしに飽きたら、ぜひ試してみてほしい一品だ。
ほうれん草 | 2束 |
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干し海老 | 30粒(戻しておく) |
油 | 小さじ1 |
紹興酒 | 少々 |
★ たれ | |
・ ねぎ | 3cm(みじん切り) |
・ 生姜 | 5g(みじん切り) |
・ うす口醤油 | 大さじ4 |
・ 芝麻醤 | 大さじ1と1/2(なければ練り胡麻でも可) |
・ 酢 | 大さじ1 |
・ 胡麻油 | 大さじ1 |
干し海老は戻して、水気をきる(干し海老の戻し方は「北京式あんかけ麺」の回を参照)。フライパンに油を入れて中火で熱し、干し海老を加える。紹興酒を振りかけ、表面がカリッとするまで炒める。粗熱がとれたら、粗みじんに切る。
ボウルに芝麻醤を入れ、酢を少しずつ加えながら混ぜる。醤油を入れて混ぜ、ねぎ、生姜を加えて混ぜ合わせる。
鍋に湯を沸かし、塩ひとつまみ(分量外)を加え、ほうれん草を根元から入れてゆでる。ゆで上がったら冷水にとり、水気をきる。1cm長さに切り、ギュッとかたく絞って残った水気を取り除く。器にほうれん草、干し海老を盛りつけ、たれを添える。
1949年高知県生まれ。68年、中国料理研究部に所属し、中国料理の道に進む。76年より中国料理研究部出身の故小笹六郎さんが開いた「知味斎」に勤務。87年、東京・吉祥寺に「知味 竹廬山房」をオープンし、旬の素材を取り入れた月替りのコース料理で中国料理界に新風を巻き起こした(2019年閉店)。著書『鮮 中国料理味づくりのコツ たまには花椒塩を添えて』、共著『野菜の中国料理』、『乾貨の中国料理』(すべて柴田書店)など携わった本は、中国料理を志す人にとって必携の書になっている。
文:澁川祐子 撮影:今清水隆宏