カリッと香ばしくてビターな味わいの衣と、みずみずしい野菜の対比がたまらない一品です。満足感たっぷりの野菜揚げレシピを、鎌倉で野菜料理屋「なると屋+典座」を営むイチカワヨウスケさんに教えてもらいました。
日頃、私たちは「先入観」というフィルターを通して、いろんなものを見ています。たとえば「この俳優さん、上手だけど主役は無理だよね」と決めつけたり。しかしそんな俳優が大化けするケースは多々あります。
これまで私は、野菜に対して失礼な先入観を抱いていました。「脇役としてはいい仕事をしても、主役になるには何かが足りない」と。もちろん野菜は大好きだし、その実力には一目置いています。しかし、最初から「野菜だけです」と聞くと、先回りして物足りなさを覚えずにはいられません。
申し訳ありません。私が間違っていました。先入観に縛られて、野菜の実力を侮っていました。すべての野菜にお詫びいたします。ごめんなさい!
今回お世話になったのは、鎌倉で15年前に開店した「なると屋+典座(プラスてんぞ)」の店主・イチカワヨウスケさん。この「名演出家」の手にかかると、あらゆる野菜が舞台の上で生き生きと輝き出します。口に運んだ「観客」は、「君は本当に野菜か!」と驚き、その力強さにひれ伏してしまうでしょう。
「普通にやっても面白くないですからね。自分がいちばん楽しんでいます」
イチカワさんは穏やかにニコやかに、そう言います。いい顔の野菜を見ると、魅力を引き立てるストーリーと演出プランが何通りも浮かんでくるとか。
思い知らされたのが、野菜を「揚げる」ことで切り開かれる無限の可能性。地味なキャラたちが、海苔という衣装をまとって揚げられることで、華やかで重厚な存在感を見せつけてくれます。椎茸と里芋という旨味の個性が強い同士が、あえて一緒に揚げられることで、お互いに相手を引き立てつつ自分を強く主張しています。
調理法についても、先入観が打ち砕かれました。聞きかじりで「揚げ物は粉の溶き方が命」と思い込んでいたのに、イチカワさんは「まあ適当で大丈夫ですよ」と。生の素材だけでなく、煮たごぼうを揚げてもよく、しかも別の顔になるのも衝撃でした。
白状すると、私が「先入観」のフィルターを通して見ていたのは、野菜だけではありません。「野菜料理の店をやっているイチカワさん」に対しても、「エコとかロハスとか菜食主義とか熱く語り出す系の人なのかな……」。勝手にそんなイメージを抱いていましたが、ぜんぜん違いました。肉も魚も酒も大好きだし、産地や農法で野菜に余計な付加価値を付けたりはしません。
自然を愛する気持ちは、当然の大前提。聞こえのいい言葉で自分に下駄をはかせるのではなく、自然体で自由に野菜と向き合っています。極めて真摯な姿勢と言えるでしょう。
イチカワさんの巧みな演出で、楽しげに躍動する野菜たち。未体験のおいしさに感動するのはもちろん、先入観を裏切られる気持ちよさも味わえます。
衣の色が濃いと満足感も上がります。衣は一部こそげ取るのがコツ。野菜の色が見えるし、衣付きと素揚げ部分で違う食感が楽しめます。
オクラ | 8本 |
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みょうが | 4個 |
A | |
・ 薄力粉 | 60g |
・ 水 | 75ml |
赤味噌 | 小さじ1強 |
揚げ油 | 適量 |
塩 | 適量 |
オクラはガクの硬い部分だけを削り取る。ガクを切り落としてしまうと油が中に入り、カラッと揚がらないのだ。みょうがは縦半分に切る。
ボウルにAを入れて満遍なく混ぜる。赤味噌を加えて全体が茶色くなるまで混ぜ、衣をつくる。
揚げ油を170℃に熱する。②にオクラを入れ、手でざっくり衣をつける。中の野菜の色が見えるようにボウルの縁で衣を一部こそげ取ってから油に投入する。みょうがも同様にする。時々返し、衣がしっかり固まったら引き上げて、油をきる。
器に盛り、塩をふる。
鎌倉は小町通りにある野菜料理屋「なると屋+典座」の店主。素材の繊細な香りや持ち味を生かしたシンプルな料理は、老若男女に愛されている。著書に『野菜だし』など。
この記事はdancyu2019年10月号に掲載したものです。
文:石原壮一郎 写真:牧田健太郎 レシピ取材:安井洋子