
進化を続ける東京の町焼肉。今回ご紹介するのは、浅草のディープエリア、吉原の旧街道に灯る、深夜2時までの営業が嬉しい人気店「やきにく 語り」です。
かつて江戸には吉原という遊郭があった。現在もその地には通りの名称などに、その名残がある。江戸町通り、角町通り、仲之町通り……。今日紹介する「やきにく語り」はその昔の吉原遊廓、京町通りの一角にある。深夜12時を回っても、肉にありつける、ありがたい店だ。
「客層は本当にさまざまです。早い時間は近所のファミリー層も来るし、近隣に泊まっている外国人観光客も来る。僕が個人的に後援会に入っている力士も来ますし、遅い時間は近隣のお店のボーイさんも」(店主の大森直さん)。
この店には年齢や国籍を問わない多様な客が来店する。その誰もが注文するのが「牛タン食べ比べ」。厚切りのタン元、噛み込むほど味の深いタン下など、食感の異なる3種のタンがドンッと盛り合わせられている。

とりわけタン元がいい。角柱に切り出して、ほどよい加減で切り目を施してある。厚切りタンはきっちり焼き込めば、切り目がなくともサクッとした歯ごたえが楽しめる。が、いつでも誰でも丁寧にきちんと火入れができるとも限らない。誰もが弾力豊かな食感が楽しめる。この切り目は万人にとって喜ぶ包丁目なのだ。

大学生のとき、下町の名焼肉店でアルバイトを始め、そのまま就職。計7年間、焼肉店で修業をして、仕入れに仕込み、店舗の立ち上げも経験した。現在店で提供している味は当時の修業先で学んだ味と、独立後に培った焼肉店ネットワークで得たものが多いという。
それは前菜のキムチやナムルなどに象徴されている。盛り合わせられているキムチは白菜、カクテキ、オイキムチ、長芋まですべて自家製。修業先で覚えた味をベースに唐辛子の種類などを調整している。
一方、隣の「隊長の混ぜナムル」はどこかで見たような佇まい。実はこの品、本連載でも以前取り上げさせてもらった野方/中野の人気店「三宝苑」直伝の混ぜナムルなのだ。

「これは三宝苑店主のチョロ(木村徹晧)さんから教わったんですよ。ちょうど中野をオープンした後、人が足りない時期があって手伝いに行ったらレシピを教えてくれたんです。ちなみにカンジャンセウ(海老の醤油漬け)も三宝苑のレシピです」。

「あっ!少し前から特選和牛の味付けに「生姜」が選べるようになったんですが、ロースと生姜の組み合わせも『三宝苑ロース』がベースです(笑)」。

いいものには仁義を切りながら、心置きなく継承する。信頼関係あってこそだが、拘泥しない潔さが「語り」の味を日々向上させていく。
「個人的にはタレでじゃぶじゃぶの焼肉が好きなんですよ。タレが滴るような肉をバーって雑に焼くのが好きなんです」
というところで、メニューの先頭に書かれている「幸せの絨毯(じゅうたん)」が現れた。リブロースを切り出したタレ焼肉で、焼き上がりに自家製の和風だしで軽く洗ってフィニッシュとなる品だ。確かにタレでじゃぶじゃぶタイプ。しかしながら、先の言葉とは裏腹に「店の方で焼かせていただきます」と丁寧に焼き上げてくれる。
「今日は少し盤が小さいので、その分厚く切り出しています」と、たまたまだとしても好みドンピシャの肉がうれしい!(黒毛のロースは盤小さめが好き)
最小限の焦がしを入れながら、片面だけを焼いていき、最後は京都よりもあっさりとした洗いダレにトプッと漬ける。灼けた脂が切れて、タレ焼肉のほどよい濃さがさらりと舌の上に滑り込む。
そしていよいよ締めへと滑り込む。ここで満を持しての「厚切り上ハラミ」&「ハラミ専用ご飯」を発注する。タレご飯にもみ海苔と長ねぎを散らしたこのハラミ専用ご飯、大の人気メニューでこの後に入店した男女2人が、このご飯をそれぞれ発注していた。

角柱に切られた極厚ハラミを丹念に焼き上げ、ハラミ専用ご飯に乗せてがっつく。厚切りハラミの肉の繊維を噛み切りながら、もみ海苔長ねぎタレご飯をもりもりかっこむ。
ふぅと一息をついて、メニューに目を落とすとデザートがやたらと充実している。熱を持った体を鎮めるべく、「消える杏仁」と「セミフレッド」、そして淹れたてのコーヒーを注文した。吉原の焼肉で、こういう落ち着いた締めも悪くない。


文・写真:松浦達也