
進化を続ける東京の町焼肉。今回ご紹介するのは、2025年10月に国分寺にオープンしたばかりの話題店「焼肉バリヨシ」。50歳目前で焼肉店を始めた店主による、絶品和牛ハラミをはじめとする一皿に、珠玉の日本酒セレクトまで、魅力に迫ります。
つくづく焼肉は人生だ。この10月、国分寺にオープンした『焼肉バリヨシ』店主の鰯佳公さんはふぐ料理店5年、ビストロ10年、焼鳥店7年など、雇われ職人として飲食店の厨房で25年以上を過ごした。コロナ禍では経営に苦しむ飲食店を離れ、つてを頼りに造園業へと転身した。

それでもいつも心には料理があった。庭木の剪定をしながらも焼肉店への思いは消えなることはなかった。「日常のなかにあるハレ」としての焼肉が好きだった。長く通う郊外の焼肉店で、笑顔で網を囲む家族の姿にますますその思いが募った。
あるとき店主に思いの丈をぶつけると「じゃあ、空いてる時間に手伝ってよ」と言葉をかけられ、意を決して飛び込んだ。以来、昼の庭仕事を終えた後、焼肉店の客席ではなく厨房へ通い詰めた。
「昼は造園の仕事をして、夕方に一度帰ってシャワーを浴びて18時過ぎにに店へ行く。肉の切り方から調味、サイドメニューまで焼肉のすべてを教わりました」
修業先は、創業40年近い『焼肉バリバリ』(川崎市登戸)。ファミリー向けながらいい肉を出す店として知られる焼肉店だ。剪定ばさみと包丁という、半年間の掛け持ち生活を続けた後、剪定用のはさみを置いた。それから焼肉修業に専念する日々が始まった。
当時すでに50歳を眼の前にしていた。ふぐ調理の5年間やビストロの10年、焼鳥店での7年など技術の素地はあっても、焼肉店の経験はない。とにかく必死で食らいついた。結果、修業に専念してからわずか3ヶ月、つまり焼肉店に入って9ヶ月で店主が休みの日に店を任されるまでになる。そして2年後、「それほど濃い地縁があったわけでもない」国分寺で独立を果たす。

「包丁の技術に救われたところはありますが、とにかく焼肉を身につけようと必死でした。和牛ハラミやシマチョウの仕入れや仕込み、タレの塩梅やサラダにキムチ、たくさんの勉強をさせていただきました」
そう本人は謙遜するが、幅広い技術を持った人が愛情たっぷりに焼肉に専念すると、こういう志の人だ。
独立にあたっては、新店では入手の難しい和牛ハラミなども含め、修業先と同じ卸から同じ肉を卸してもらえることになった。というか、卸から修業先の『バリバリ』に納品をまとめてもらい、週2回引き取りに顔を出しているという。
マルシンやカメノコを24cmの筋引きで手切りした上ロースの断面は、丁寧に引かれたふぐ刺しにも似たつるりとした滑らかさ。タレの軽快さも相まって、焼いてなお舌触りが艶めかしい。

シマチョウの包丁目は、まるで鱧の骨切りのよう。こちらも『バリバリ』直伝の味噌ダレで提供する。深い味わいのシビレはシンプルに脂と塩で調味する。

肉で言えば、個人的にも(そしてきっとみなさんも)頼みたいのはやっぱりハラミ。もちろんタレか塩は選べるし、メニューにはハーフも用意されている。いいハラミを1枚でいいから食べたい!という願望に抗えるわけがない。

そろそろ我慢も限界だ。さあ、焼こう!
まずシビレは表面にまとった油を呼び水(呼び油……?)にシビレ自身の脂を引き出して、揚げ焼くようにミディアム少し手前で仕上げたい。内部まで火が通りつつ、とろりとした食感も残したい。

本日は早くもここで塩ハラミを網状へ。いい塩梅の厚みのハラミを網に乗せ、いじらずグッと我慢しながら待つ。接地面が反り始めたらいい焼き目がつき始めた証拠。返して反りが落ち着くまで焼いたら、心地いい破断感とジュバアッというあふれる肉汁のハラミが完成だ。
上ロースは両面をさっと炙りつつ、中にも熱を伝えるイメージで。網の上に広げたら、端が表面が溶け始める頃、すっと美しく返したい。

腸壁の食感が強いシマチョウは包丁の入れ方で、味が決まる。腸壁(皮)側を炙るように火を入れて、軽く味噌を焦がしたところで、返して脂をとろかす。皿から箸で取れば、焦げた味噌の香ばしさにうっとりし、ジュワッとした脂に背徳の喜びを覚え、コリコリした腸壁を顎に軽く力を入れて愛でる。

忘れていた。売切御免で数種が入れ替わりながら提供される、日本酒のラインナップも目を見張る。開店から2ヶ月間で提供されたのは、十四代に鍋島、而今に花陽浴など。日本酒好きならば喉から手が出そうな名酒ばかり。日本酒の甘味や深みが、内臓肉の香り高い煮込みと合いすぎる。

仕入れに協力してくれる多摩の酒販店、小山酒店の娘とはアルバイト仲間として知り合った同級生だった。もう知り合って30年以上になる。
府中の『ビストロ慎吾』での10年は『バリヨシ』の味の輪郭をくっきりさせた。タン下の味わいと食感がなんとも贅沢な牛タンカレーは玉ねぎの炒めやスープの引き方など、洋食の手法で分厚い味わい。トリミングした牛タンの他、にんじんなどの野菜もたっぷり入っていて、ノスタルジックでありながら後味のキレもいい。

ビストロで得たものは他にもある。デザートのアイスクリームは、お祝いのメッセージプレートにも展開できるが、事前にリクエストしておけばこんなふうにもできる。

まさか焼肉店でシュクル・フィレ(糸状の飴がけ)に会えるとは!洋食歴10年の面目躍如の飴がけだ。
求めに応じ、「お客さんが喜んでくれるなら」と手持ちの札を惜しげもなく切りまくる。包丁は冴え、味つけも細やか。焼肉一筋の人にはない調理の引き出しも多い。
遅れてきた新人、国分寺の『バリヨシ』にあるのはノスタルジーだけではない。ここには焼肉の未来までもがある。

文・写真:松浦達也