
進化を続ける東京の町焼肉。今回ご紹介するのは、焼肉好きにとって特別な町・三河島の名店「モランボン」。済州島をルーツにもつ、王道町焼肉の魅力に迫ります。
焼肉好きにとって「三河島」はちょっと特別な町だ。新大久保が観光地としてのコリアンタウンならば、三河島は韓国・済州島をルーツとした生活者の色が濃い。焼肉店のみならず、韓国料理店や食材販売店など、さまざまな「本場」の躍動感が入り混じる。100年以上前に移住した世代から3代、4代と時を経て、この町独特の香りは醸成されてきた。
JR常磐線、三河島駅を降りて右の方へ向かうと、ほどなくあの黄色い看板が見えてくる。「モランボン」。2016年のdancyu本誌『ときめきの肉 エピソード4』特集内「焼肉は東をめざせ!」でも紹介された、三河島を代表する佳店だ。

夕方になると、仕入先から肉が続々と集結し始める。昨今、過熱する人気部位の品不足もどこ吹く風。「うちは付き合いの長い人が持ってきてくれるから」と、こともなげにハラミをサガリから引き剥がし、脂と筋膜を引いていく。タンは、タン下とタン先を落としたカットで仕入れ、角を落として真円に近い形に整形していく。ロスは出る。だがあくまで食感と見た目の美しさこそが大切だ。

こうして部位ごとに仕込みがなされた肉は、注文後に一枚一枚切り出されていく。その光景を想像すると肉焼きが待ち切れなくなる……が、慌てていいことなどひとつもない。腹が鳴っているからこそ、全体をきっちり組み立ててから焼きに臨みたい。
取り急ぎ、脇を固めるキムチとナムルは必須だ。どんなに腹が空いていても、まずは肉の前後を決める。まずは肉が来るまでの間、つまみとして冷菜や「フェ」(刺身)を楽しみたい。フェは手作りチョジャン(唐辛子酢味噌)で和える。チョジャンの原料となるコチュジャンからして自家製という徹底ぶりだ。
看板メニューの「小袋」も外せない。それに冬季限定の牡蠣orなまこ、どちらかは注文したい……。頭を抱えながら迷った揚げ句、今日は牡蠣をセレクト。

フェにしても「最近はイカがめちゃくちゃ高くてねえ」(3代目の金田聖哲さん)と、気候変動由来の悩みもある。「海藻スープの『モンクッ』に使う済州島の『モン』(ホンダワラ)も不漁なんだよね」と浮かない顔だ。
もっとも、『モランボン』には穏やかな酸味と辛味の自家製チョジャンに合う「アジフェ」がある!

そして看板メニューの牛と山菜の「コサリスープ」がある!

前後に万全の備えをして、さあ肉を注文だ。先ほど仕込みで見た上タン、それに上ハラミ!と勢い込むと金田さんが「ハラミの味はどうする?塩?タレ?」と聞いてくださる。そう聞かれたら、当然「両方!」と欲張りな返事一択。内臓も食べたい。シマチョウも追加する。
そしてこの店の温前菜と言えば、こちら。

静岡県は長谷川農産の極上マッシュルームだ。ロースターの中央に置いて、じんわり温めていく。すると徐々に内部に極上のマッシュルームスープが溜まっていく。傘の内側がスープで満たされたらこぼさぬよう、注意しながらマッシュルームを盃のように傾けてゴクリ。ああ、澄んでいながらふくよか。胃も温まって、ここからが本番だ。
まずは大胆にトリミングした美しい形の上タン塩1,900円。少しだけ厚めにカットされているから、臆することなくきっちり火を入れられる。口に運ぶとお値段からは想像できないほどの柔らかさ。もちろんザクッとしたタンならではの食感も十二分。もりもり焼いて、次々口に運ぶ。この流れで盛り上がらないわけがない。
続いて差し出されたのはレバー!ごま油にサッとつけて両面を炙る。ほのかに弾力が出てきた頃には、レバーの甘味と香りがグッと底上げされている。続く塩&タレという上ハラミ(各2,300円)のゴールデンコンビをじっくりと、焼酎の炭酸割りとの相性が実にいい。
そしてシマチョウ(980円)が味噌ダレでやって来る頃、欲望のダムがついに決壊する。ライスを投入し、返す刀で上ロース(2,000円)も発注だ。煙をもうもうと立てながら、シマチョウとロースを焼いて焼いて焼きまくり、ライスとともにかきこんでいく。
ライスと一体となって口のなかでほどけていく上ロースから、てらっとした肉汁(脂入り)があふれ白飯をますます旨くしていく。かと思えば、シマチョウの強い食感の間で甘くなっていくライスも愛おしい。
上ロースとシマチョウとライスのトリオがさまざまなアドリブを繰り出し合い、響き合う。脳内と胃袋から湧き上がる歓声に、ロースターの上はさらにテンションを上げていく。

ジュウジュウという音が響き、立ち上る煙のなか、ピンクの電話が「ジリリリリリン」というノスタルジックな音で鳴り響く。この町で食べる焼肉は極上のライブ・コンサートのような血湧き肉躍る高揚感がある。

文・写真:松浦達也