
ウイスキーと食べ物の絶妙なペアリングを探索する「ウイスキーと食」連載。前回からはソムリエの若林英司さんと料理研究家の野口真紀さんのコラボレーションによる新提案を紹介しています。今回は若林さん考案のウイスキーと肉料理のペアリング、その第2弾をお届けします。前回は角と角煮でした。サントリーウイスキー角と豚の角煮という洒落のようなペアリングでしたが、そのうまさに度肝を抜かれました。今回のテーマは鶏肉です。ではさっそくご紹介いたしましょう。
料理は鶏肉のカシューナッツ炒めだ。中華料理店では定番のメニューで、お子さんにも人気があるし、ご飯のおかずとしても活躍する。
そんなごく一般的な中華の一品を、ウイスキーに合わせるのが今回のテーマ。スーパーソムリエが選んだ銘柄は、ウッドフォードリザーブ。バーボンウイスキーである。

ウイスキーの代表的な生産地は、スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、そして日本だ。バーボンウイスキーはアメリカで生まれたウイスキーであり、主たる原料はトウモロコシだ。内側を火であぶって焦がしたオークの新樽で貯蔵するため、焦げたような香ばしい木の香りや、トウモロコシにも由来する甘い香り、バニラ香なども、特徴とされる。全体のイメージとして、甘くまろやかな香りと味で魅了する一方で、強さ、荒々しさも前面に出てくることがあり、素人考えでは、グリルした牛肉やホットドッグなど、アメリカンな味わいに合いそうな気がする。
若林さんは、なぜバーボンを、選んだのか。まずは、そこから伺った。
「鶏肉のカシューナッツ炒めという料理ありきで発想しました。この料理とウイスキーを合わせるときに重要なこととして最初にフォーカスしたのは、ナッツを使っていることです。カシューナッツをローストすると、香ばしいところが出る。そこにウイスキーの香ばしいところを合わせたい。甘く香ばしい香りのウイスキーはなんだろうと自分に問いかけたら、ああ、バーボンだなと。そういうところから入っていきました」

次に、どんな銘柄がいいかを探していくわけだが、バーボンにも実に多くのバリエーションがある。トウモロコシの香ばしさを入口にして、その後は、どのように絞っていくのだろう。
「この料理には、鶏肉のやわらかさと、ちょっとピリッとしながらも甘いという中華料理の個性があります。ピリッとくる辛さと甘さ、そしてコクをもたらす素材や調味料を使い、短い時間で炒めて仕上げている。そこに合わせるバーボンは、香ばしさや旨味の要素があり、同時に、角がないものがいい。そこで注目したのが、ウッドフォードリザーブというバーボンです」

ウッドフォードリザーブは、小ロット生産のハイクオリティなバーボンとして、ウイスキー好きには知られた銘柄だ。原料の比率はトウモロコシが72%、ライ麦が18%、大麦が10%で、フロリダ産の糸杉の木桶で発酵を行い、蒸溜はアメリカの蒸溜所では珍しく3回行う。その特徴を若林さんはこう語る。
「ウッドフォードリザーブは、バーボンの中では、きれいでエレガントな特徴を持っています。ただ強いだけでなく、繊細さと独特の旨さがある。パワーよりエレガントを感じさせるバーボンなんですね。これを、アメリカらしく、少し大きいタンブラーで、ソーダ割りにして合わせてみたいと思いました」
このレシピでは、鶏のもも肉1枚に対してカシューナッツ40グラムを入れる。ひと箸入れれば必ずナッツが口に入るくらいの十分な分量があると思う。ここに、ニンニク、ショウガ、オイスターソース、酒などが効いて、甘味があり、同時にコクのあるひと皿になっている。

さっそく食べてみると、ほのかな丸い甘味があり、ニンニクとショウガの風味を包み込むようにしてオイスターソースがさらなる丸みをもたらす。それらのやさしい旨味と、炒ったカシューナッツの香ばしさが混然となっていて、味わいのバランスがよく、軽快で、食欲をそそる。
その味わいをしばし楽しんだところに、ウッドフォードリザーブのソーダ割りをするりと入れる。ソーダ割りで口の中の味わいを流してしまうかというと、そうはならない。若林さんがその秘密を教えてくれる。

「繊細できれいなバーボンとはいえ、ウッドフォードリザーブはバーボンですから、最初にインパクトを与えた後で、口の中の味を止めるんです。鶏肉の甘みやカシューナッツの香ばしさ、野菜の旨味と食感、そうしたものを包みこみ、コーティングすることで、おいしさを引き出すんですね」
炒め物の油を、ソーダ割りが流してしまうのではなく、最初のインパクトの後で、口の中で味を止めている……。なるほど、言葉にしてもらえば、そういう実感が確かにある。そして、ウイスキーは、さまざまな食べ物と合わせることができるということに、また目が開かれるのだ。

ワイルドターキーでもジャックダニエルでもないよなあ……。筆者がぼんやり思うのを見透かしたかのように、若林さんは言った。
「ターキーじゃない、ジムビームじゃない、メイカーズマークでもない。ちなみに僕はマンハッタンというカクテルもウッドフォードリザーブでつくるのが好きなんですよ」
あれ?今回は料理ありきで発想したと聞いたばかりだが、実は角に続いて、お好きなウイスキーありき、であったのか?絶妙なペアリングであることは間違いがないから、どっちが先か、問うまでもないのだが。

1964年長野県生まれ。あの、故ジャン・クロード・ヴリナ氏から、もっとも厚い信頼を得ていた日本のソムリエ。1995年より東京・恵比寿の「タイユバン・ロブション」シェフ・ソムリエ、2003年より「レストラン タテル ヨシノ」の総支配人を務める。2012年から銀座、エスキス勤務。エグゼクティブシェフ、リオネル・ベカの料理をペアリングで華やかに盛り上げる。2023年「ゴ・エ・ミヨ2023」ベストソムリエ賞、2024年「ミシュランガイド東京2025」ソムリエアワード受賞。テレビ等でも活躍し、ペアリングの醍醐味と楽しさを伝える。
文:大竹聡 撮影:池田博美 編集:木田明理