かつての行列店の店長が新しく開いたという情報を聞きつつも、その店が近所ということもあり、気が付いたら開店から一年以上経ってしまっていたという松尾さん。満を持して訪れたその店の素晴らしさとは――。
東京駅近くの八重洲界隈にかつて人気を誇っていた「ダバ・インディア」が、再開発の煽りを受けて閉店を余儀なくされてから、寂しい思いをしたファンも多いのではないだろうか。11時15分に開店する頃には、毎日長蛇の列ができていた。私も朝昼兼用の食事をとることが多いので、たとえ15分でも早くランチにありつけるのはありがたかったが、それは枝葉末節。やはりその香りと味、そしてスキも過不足も無い洗練されたサービス、応対にいつも感心させられていたものだった。
程なくして、今回うかがった「TOKYO BHAVAN」が、かつての「ダバ・インディア」の店長だった方が開いた店だと知って長らく時間が経った。このお店が、うちの事務所から1キロ余りの所にあるという安心感から油断しまくり、オープンから一年以上も経ってからの訪問となってしまった。
開店時間の10分前に到着すると先客がひとりおられただけで、鷹揚として待つ。時間になり、明るい声で「お待たせしました、どうぞ!」と迎え入れられテーブルに案内された。その間の一瞬だけれど快適な空気感は何だろう。ここもまた、過不足のない、そして明るく柔らかな応対だ。
初めてなのでできるだけ基本を押さえようと、3種のカレーが味わえるランチミールスをお願いした。プーリーとドーサがチョイスできたので、今回はドーサを。はたして、美しいレイアウトのターリーが登場、わくわくした感じでラッサムを一口。「ダバ・インディア」の流れとしてすこぶるありがたい、久々のエッジのきいた酸味。サンバルも鷹の爪が丸ごと入っていて、野菜と一緒に噛むところだったが回避できた。野菜のカレーはナブラタンコルマで、マイルドでクリーミーながら風味が深い。マラバール・マトンはココナツがきいていて、いい歯応え、巧妙なマサラ使いで臭みも感じずいいところだけが前面に表れている。
ひときわ出色なのが、ネイヴェリ・スモーキー・チキンカレーで、炭で燻された香りを感じる。厨房内にはタンドールは無さそうだが、どうやってこのタンドリーチキンのような薫香が醸し出せるのだろう。
「鍋に炭を入れて、マリネしたチキンをスモークしています」と、スタッフの女性が説明してくれた。「ネイヴェリ」は南インドのタミル・ナードゥ州カッダロール県にある都市で、するとシェフの出身地の調理法なのだろうか。
素晴らしい味に、快適な雰囲気、程の良い現地感が兼ね備わった貴重なお店だ。
文・撮影:松尾貴史