
4年間続いてきた本連載も一旦終了となります。最後の一皿は京都の老舗食堂。120年の歴史を持つ、どこか懐かしく、しかし他では味わえないカツカレーとは――。
4年前、2021年の2月から始まった当連載も、今回で最終回を迎える。東京の八丁堀にある「ラティーノ」に始まり、あちらこちらをランダムにご紹介してきたが、最後が京都の三条の老舗とは、まるで歌川広重の「東海道五十三次」ではないか、とひとりごちる。
烏丸の宿から東へぶらぶら、鴨川を渡って三条の「篠田屋」へ。開店時間前に到着したら、店先には10人ほどの待ち客が並んでいた。
開店するとすぐに満席になり、相席は禁止のようなので、食べ終わるまで窮屈な思いはせずに済む様子だ。
この日は女将さん風、年配の女性がひとりでホールを仕切っていたので、相席などは混乱の元ということなのかもしれない。
店内の雰囲気はいかにも老舗風で年季が入っている。天井は十字に組まれた正方形の格子状で、作られた時代を思わせる。
石油ストーブには大ぶりの真鍮のやかんが乗っていて、「水か暖かいお茶、どっちがよろしいですか?」と確認されていく。お茶の場合はそのやかんから注がれていく。
ホールにおばちゃんのハキハキとした仕切る声が響き、リズミカルで小気味良い。
中華そばが「一番人気」とのことなので、カツカレーライスと中華そばをいただくことにした。
「カツカレーライス」と言ったが、この店のメニュー名としては「皿盛り」と呼ばれ、壁にもそう記されている。
カツカレーと言えば皿に盛られているのは当然のような気がするが、なぜなのだろうか。
先に着いた中華そばはすこぶる懐かしいオーソドックスな味で、それを啜りながら「皿盛り」を待つことしばし、程なくして現れた「皿盛り」ことカツカレーは、なかなかに独特の質感をしていた。
片栗粉でとろみをつけているであろう透明感のある「あん」風のカレーは、出来心で天津飯にもしたくなる出汁のきいたもので、まさに適切な辛さのお味だ。そこに京都らしい青い葱と牛肉がいいチームワークを演じている。きっと、カレーうどん用の出汁を使っているのだろう。辛さは小学生でも食べられるほどの優しさなので、刺激が欲しい時は卓上の七味唐辛子を、それこそカレーうどんのように振りかければ良い。
揚げたてと思われる薄めのカツは、クリスピー感とラードの香ばしさで、カレーが纏われるとまた掛け算の効果を感じる。
こちらでは、ご飯は京都の伝統的な調理設備「おくどさん」で炊かれているとか。老舗の食堂にある、赤い福神漬けノスタルジーも健在だが、メインの「皿盛り」の個性はなかなか他ではお目にかかれない。
昭和な味なのだが、なぜか類を見ないという京都パラドックスが面白い。
気になった「皿盛り」の名前の由来を調べてみた。
こちらは創業が1904(明治37)年ということで、今年で121年目を迎える。
半世紀ほど前、当時このすぐ前にあった「京阪電鉄」本社で働く人たちから、「ご飯にカツを乗せてカレーうどんの汁をかけてほしい」とリクエストされ、カツ丼スタイルで提供していたらしい。しかし、丼では保温が良過ぎる。昼休みに急いで食べたいから早く冷めるよう皿に盛って欲しいという要望もあり、裏メニューの呼び名として「皿盛り」となった。それがそのまま表メニュー化したということだそうだ。
当欄「カレードスコープ」の連載が終わっても、引き続きカレーを求めて日本中を徘徊し続けるつもりなので、どこかのカレー店で私を見掛けられたら、声をかけてください。長い間お読みいただき、有難うございます。
文・撮影:松尾貴史