畑と(日本)ワイン。――土と生きる、新時代の造り手たち
北海道・空知地方で、馬とともに畑を耕し、ワインを造る「KONDOヴィンヤード」近藤良介さん①【Vol.4】

北海道・空知地方で、馬とともに畑を耕し、ワインを造る「KONDOヴィンヤード」近藤良介さん①【Vol.4】

ワインジャーナリストの鹿取みゆきさんが、新時代の日本ワインの造り手を追っていく連載。北海道・空知地方で馬耕を取り入れながらワインを造る、「KONDOヴィンヤード」近藤良介さんを取り上げます。 ※この連載はdancyu本誌にもダイジェストを掲載しています。

フランスのナチュラルなワイナリーで出会った“馬耕”

日本であれ、海外であれ、昔の農家は、皆、馬を使っていたはずです。僕も農業をしていた祖父母から、そういう話を聞いて育った。葡萄栽培の原点に回帰して、昔のやり方を確かめたい

こう語るのは北海道空知地方のKONDOヴィンヤードの近藤良介さん。自分の葡萄畑を馬で耕すという昔ながらの馬耕を初めて4年目を迎えている。

ワイン造りの本場、フランスでは、近年、葡萄栽培の見直しが進んでおり、化学合成農薬に頼る慣行農法から有機農業への転換が急速に広がっている。こうした流れの一環として、たとえば銘醸地であるブルゴーニュ地方でも、馬耕に取り組む造り手は増えている。日本の葡萄畑では近藤さんの事例が初めてだが、彼の周囲の造り手たちにもじわりじわりと広がりだしている。

近藤さんが馬耕に取り組むようになったきっかけは彼の初めての渡仏だ。フランスのナチュラルワインの造り手たちを訪ねた際、ロワール地方のオリヴィエ・クザンの葡萄畑で馬耕を体験。この時の馬で耕した感覚が、彼の身体に、そして脳裏に刻印されたのだ。その後しばらくは目の前の仕事で精一杯だったが、原体験となったフランスでの馬耕体験は近藤さんの中にずっとあった。

馬
馬耕は、2頭の馬、カップ(左)とウクル(右)が交代しながら、1日かけて行った。休憩中には、畑の周囲の野草をはむ。木を運ぶ馬搬の仕事も、畑を耕す馬耕も、性格が穏やかで、競争好きではない馬の方が向いている。
馬
数年間の試行錯誤の末、現在は2人一組で耕している。前の1人が手綱を握り、その後ろでもう1人が農機具を繰りながら、耕していく。農機具を引っ張りながら進む馬の歩みはゆっくりとしており、それに合わせて慎重に畝の近くを耕していく。

北海道開拓民スピリットを受け継いだ

近藤さんは、自らのワインをKONDOヴィンヤードの名前で出し、自身を「ワインの葡萄を育てる農夫」だという。

家の前には葡萄畑があり、日の出と共に目覚め、一仕事して、それから家族と一緒に朝ごはんを食べる

これが彼の農夫としての理想像。そしてその言葉通り、自分の葡萄畑、モセウシ農場の前に居を構え、葡萄を育てる日々を送っている

ここに至るまでの近藤さんの歩いてきた道を辿ってみよう。
そう、彼の言動には、彼のルーツである北海道開拓民としてのDNAが見え隠れする。
近藤さんは北海道で生まれ育ち、母方の家系は開拓民の流れを引く。ひいおばあさんは、イナゴの襲来にあったこと、途方もなく巨大な切り株を馬と人間とで掘り起こしたことなど、開拓の苦労話をよく話してくれた。幼かった近藤さんにはそのどれもが心躍る冒険談。一旦は北海道を離れるも、大学卒業後の進路に、北海道での農業を選んだのも、そうした背景がある。フランスで体験した馬耕に強烈に惹かれたのも同じだ。

2007年、近藤さんは農場長として勤めていた会社を辞めて、空知地方の三笠市に自らの葡萄畑を拓いた。近藤さんが初めてその土地を訪ねたとき、一帯はシラカバやカラマツがおい茂る森。しかし彼はその急斜面の耕作放棄地にインスピレーションを感じ、自力で開墾、タプ・コプ農場と名づけた。

9年後、このタプ・コプのピノ・ノワール、「タプ・コプ ピノ・ノワール」は、日本一になったソムリエが大絶賛、日本ワインファンの注目を浴びた。近藤さん自身、微生物、小動物、そしてさまざまな野草といった多様な生物が息づくタプ・コプの可能性は確信していた。また北海道では、本州に比べると一枚続きのまとまった面積の畑が入手しやすく、しかも価格も桁違いに安い。そのため一人の造り手が離れた場所に2つの畑を持つケースは珍しい。それにも関わらず、彼はさらに別の畑を探した(vol.5に続く)。

タプ・コプ農場
タプ・コプ農場は空知地方三笠市の東南東向きの斜面に拓かれた畑。現在総面積は2haで、近藤良介さんが0.8ha、弟の拓身さんが1.2haを管理。ピノ・ノワール、レンベルガー、ソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・グリ、オーセロワ、シルバーナーの6品種が栽培されている区画と混植区画がある。タプ・コプはアイヌ語で「盛り上がったような丘」という意味。
タプ・コプ農場
「せっかく山に戻っていた土地なので、あえて生えていた野草も残しています。初めは25種類程度だった野草の種類はピーク時には50種類を超え、現在は40種類前後で落ち着いています」。近藤さんは、開墾前に生えていたシラカバなども畑の中に数本残している。急斜面の畑からは見渡す限り人家は一軒も見えず、山や森が広がっている。
タプ・コプ農場
急斜面のタプ・コプ農場。ここまで斜度がきつい斜面は、私が今まで訪ねてきた日本の葡萄畑でも数少ない。東南東を向いており、葡萄樹は朝日をふんだんに浴びる。夏は暑く、葡萄はよく熟す。周囲を森に囲まれているために、畑ではヒバリやカッコウなど野鳥の声が聞こえてくる。
タプ・コプ農場
タプ・コプ農場の混植区画。ピノ・ノワール、ソーヴィニョン・ブラン、ゲヴェルツ・トラミネール、シャルドネ、ケルナー、シルバーナー、リースリング、ピノ・グリといった8つの品種が混植されている。全て単一品種を植えて同じような管理をするではなく、1つの列に数種類の葡萄を不規則に植える。混植区画は2007年に開墾、植栽は2008年。モセウシにも混植区画がある。収穫は同時期に行い、一緒に混醸する。
仕立て法
北海道では、冬の間、葡萄の木を雪の下に埋めるため、木を斜めに植えてきた。ただし、毎年、根本近くから葡萄の木を折り曲げることは、木にとっても負担がかかる。そのため、近藤さんら北海道の造り手たちの中には、こうしたダメージを防ごうと、新しい越冬の仕方、仕立て方法に挑戦している人たちがいる。
季節
春の訪れは遅いが、一気に春めく。葡萄畑を訪ねたのは5月の初め。タプ・コプ農場でもモセウシ農場でもタンポポの開花が始まり、周りの森の木々も一斉に芽吹き始めたところだった。
畑
「畑では、葡萄自身にとって、快適な環境かどうかに気を配っています。基本的に化学合成農薬は使わないようにしているのも、葡萄が縁のわからない薬を振りかけられることは、あまり快適ではないだろうと思うからです。けれど、その年の気候条件、さらには特定の区画については化学合成農薬を撒かざるを得ない時もあります。例えば人間でも、大きな病気にかかったら、一時的に薬に頼り、体力の回復を待つのと一緒です」と近藤さん。除草剤についてはいずれの葡萄畑でも開園以来、1回も撒いていない。
拓身さん
弟の近藤拓身さんは、2年間の研修を経て、2011年よりタプ・コプ農場の一部を管理するようになった。「物づくりに携わりたいという思いを持っていましたし、日本酒好きで蔵巡りもしていた」という拓身さん。「農業はきつい労働だと思っていましたが、今のところは辛いと思ったことはない」。拓身さんが育てた葡萄は、共同醸造所で拓身さん自身の手でワインとなって、販売されている。

KONDOヴィンヤード(栗澤ワインズ)
【住所】北海道岩見沢市栗沢町茂世丑774-2
【電話番号】非公開
【HP】https://www.kondo-vineyard.com/

文:鹿取みゆき 撮影:木村文吾

鹿取 みゆき

鹿取 みゆき (フード&ワインジャーナリスト)

かれこれ20年前に始まった新しい日本ワインのシーンに寄り添い、造り手たちとともに現在の姿まで築いてきた。人呼んで“日本ワインの母”。近年、日本における持続的なワイン造りのため、(一社)日本ワインブドウ栽培協会を設立。著書に『日本ワイン99本』(プレジデント社・共著)、『日本ワインガイド』(虹有社)など。