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上菓子屋の粒餡を味わう「麦饅頭」|「岬屋」の今月の和菓子⑭

上菓子屋の粒餡を味わう「麦饅頭」|「岬屋」の今月の和菓子⑭

冬の足音が近づいてきました。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。

餡は和菓子の要

小豆

「岬屋」の菓子づくりで、“餡”を使わない日はない。
「自分の店で炊かないところも増えてきたようだけど、やっぱり、餡で決まるから。うちにとって餡炊きは当たり前のことだからね」と主人の渡邊好樹さん。
「他の作業の合間にする仕事だよ」と笑顔で言うが、ずっと同じリズムを刻み続けるような、地道で深い作業だ。今日は、粒餡を炊くところを見せてもらうことにした。

小豆

小豆の仕組みを知る

「豆は必ず水に浸すものと思っている人が多いけど、小豆は違うんだ」

小豆

多くの豆は皮全体から水を吸うが、小豆の皮は胚芽(へそ)からしか吸水しない。だから、沸騰させた湯に、小豆をいきなり入れる。
「沸騰した湯に一気に入れることで、胚芽のタンパク質が壊れて水を吸い始めます。そうすると、豆はやわらかくなるんですよ」

小豆を入れた鍋の湯がぐらぐらと煮立ったら、差し水をして温度差をつくる。鍋の中は沸騰しているように見えるが、「まだまだ、まだまだ」と主人は鍋を見守り続ける。
「鍋の中全体の温度がしっかり上がるまで待って、差し水をしないとだめなんだ。みんな、ぐらぐらするまで待てないからうまくいかないの」

落とし蓋

煮立ちは、泡の形で見極める。アルミ鍋は外から火が回るから、まず外側にドーナツ状の泡ができ、中央に寄っていく。中心までしっかり集まれば、全体に火が回った証拠だ。そこで、さし水をする。
「水を入れることで、100℃から60℃くらいまで温度が下がる。この温度差で、胚芽のタンパク質が壊れて、豆が水を吸い始めるんだよ」

さし水

差し水をしたら、入れた分と同量の水をくみ出す。一定の水分量で煮続けるためだ。
「最初のほうは皮の色だけが出る。回数を重ねていくと、煮汁の色が変わってくるからよく見ておいて」
最初に取り出したゆで湯は、明るい黄土色という感じ。この作業を繰り返し、胚芽を少しずつ壊し、小豆に吸水させていく。
「胚芽を壊すこと。それが、小豆の"渋切り"なの。科学的な考え方は、製造業にとって必要だと思うよ」と主人は言う。豆の仕組みを考え、理解すること。何のための作業かを考えながら、日々習熟度を上げていくのだ。

さし水

再びぐらぐらと煮立ったら、2回目の差し水をする。
「前回より泡の立ち方が違ってくるでしょう。微妙な差だけどね(笑)」

小豆

3回目になるとさらに小豆がふくらんできて、鍋の湯の色も深まってきた。
「泡の色も変わってきたでしょう。最近の豆は胚芽が固いから、4~5回くらい差し水が必要かな」
くみ出した湯は、だいぶ濁ってきた。それが、たんぱく質が壊れた目安だ。

今日は5回目の差し水で終わり。火から下ろし、鍋の中に直接水を注ぎ入れる。すぐにざるに上げてしまうと、温度が急に下がって豆が裂けてしまう。流水で少しずつ冷ましてからざるに上げ、渋切りは完了した。
「ここまでちゃんとゆでておけば、餡はきちんとできますよ」

小豆

ふっくらと煮上げる

いちど鍋をきれいに洗い、ざるに上げた小豆と新しい水を入れて再び火にかける。
「泡がアクのように見えるかもしれないけど、これはアクじゃない。旨味なの。小豆の味がしないと“あんこ”じゃないからね」

煮る

ここでさらに落とし蓋をして、浮き上がりを抑えつつ、鍋の中で小豆が対流するようにする。不純物は、渋切りでしっかり除いてあるから、なめらかできめ細やかな泡だけが出る。

煮る

30分ほど煮て、豆がふっくらとしたらざるに上げ、煮汁と小豆に分ける。

煮汁と小豆に分ける

砂糖を加えて、練り上げる

ここからが製餡作業。さわり(打ち出しの銅鍋)に、ふっくらと煮えた小豆、砂糖、煮汁の順に入れて火にかける。

砂糖

砂糖が溶けたら、いったん小豆を取り出し、溶けた煮汁と砂糖だけをさらに煮詰めていくという。それなら、最初から煮汁と砂糖だけを先に煮ればよいのでは?
「小豆に砂糖を絡めたいんだ。豆に砂糖が入るきっかけをつくるわけ」
主人は、柔らかくなった豆を傷つけないよう、丁寧にすくい出しながら答えた。

小豆

仕上げの煮詰めは全開で!

煮詰める

主人曰く、「泡が細かいうちは焦げない」から、煮汁をどんどん煮詰めていく。
時折、鍋肌を拭いつつ、さわりの底に、木べらの筋が残るくらいになったら、小豆を戻し入れる合図だ。

煮詰める

上菓子屋の餡とは

「昔はお客さんに、『上菓子屋のくせに粒餡を使うなんて』と言われたもんだよ。粒餡は、漉し餡に比べて手間の少ない餡だから」
上菓子は、手間をかけるのが仕事。漉し餡こそが餡、といわれている。しかし、
粒を丸ごと使う粒餡には、小豆の風味が生きるよさもある。
「小豆の風味をいかにきちんと残すか、そこが大事でしょ」と主人。
豆の仕組みを考えながら、日々、炊き続けられてきた粒餡もまた、「岬屋」の矜持。しっかり硬めに炊き上げられ、存在感がある。

粒餡を受けとめる麦饅頭

今日は、この粒餡と、自家製黒蜜入りの小麦粉の生地で「麦饅頭」をつくる。さわりに黒蜜と重曹を合わせ、ふるった小麦粉を加えて混ぜていく。

ヘラ1本で、あっという間に粉がムラなく茶色に染まった。時間をかけすぎると、小麦粉からグルテンが出てしまう。少し粉が残っている状態でも、ささっとやってまとめたほうがうまくできる。テンポとバランスの妙。

生地を取り粉(小麦粉)に移し、小さく丸めて粒餡を包み込む。
「皮は薄めに、均一にね」と女将さん。

蒸し上がると、ふっくら。飾り気はないが、その丸みには楚々たる風情がある。皮は色だけでなく、香りも力強い。
「黒糖ならではの香りだね。皮に個性があるから、小豆の風味が強い粒餡が合うんだよ」
これが、上菓子屋のつくる小麦の饅頭だ。

麦饅頭は、一個200円。11月から翌年4月まで、ほぼ毎日用意のある定番品。

店舗情報店舗情報

岬屋
  • 【住所】東京都渋谷区富ヶ谷2-17-7
  • 【電話番号】03-3467-8468
  • 【営業時間】10:00~16:00
  • 【定休日】日曜、月曜(節句、彼岸を除く。夏季休業あり)
  • 【アクセス】京王井の頭線「駒場東大駅」より徒歩7~8分、小田急線「代々木八幡駅」、東京メトロ「代々木公園駅」より徒歩10~12分

文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子

岡村 理恵

岡村 理恵 (ライター)

群馬県生まれ。出版社勤務を経て独立し、食を中心としたライター・編集者に。料理はもちろん、畑や漁港からスーパーなど食に関わる現場、食卓をつくっている人々に興味あり。