前回、驚愕するほどのフライパン愛を見せてくれた「アサドール ケリコ」の榎本シェフ。今回はその愛する魔法の杖から生み出される絶品料理の数々をご紹介します。
さて、榎本さんのこれまでだけれど、
「実家の豆腐屋を継ごうと思っていたら、それまで豆腐作りにつかってきた井戸が枯れてしまって。それで、同じ場所で食べ物のお店をやろうと思って洋食屋さんに勤めたのがこの道へ進んだきっかけです」
叙勲されたくらいだから、本当に旨い豆腐屋さんだった。そんなルーツがあるからだろうか、榎本さん“やり始めたらトコトン体質”なのである。で、洋食屋修行中、疑問にぶちあたった。
「ドミグラスソースの勉強したくてフランス料理の本読み漁っているうちに、ソースってなんだろうって思いがどんどん大きくなってしまったんです」
思い立ったら吉日、榎本さんすぐにフレンチの店で修行をはじめた。そして24歳のときにはフランスに渡りレストランでさらなる修行……
「言葉の壁とか、厨房スタッフのなかで身長180センチの僕がいちばん小さいっていう環境とか(笑)。いろいろあって挫折して帰国したんです」
ところが、その後、やっぱりフランス人から学びたいと思った榎本さん、都内の某フランス人シェフのもとで付き人のように修行をかさねた(ちなみにこのフレンチシェフもまたすごい人)。そして30歳で独立。
で、初めて独立して持った店なのだが……榎本さんと初めて話したのは去年のことだが、その時こんな事件があったのだ。
――20年くらい前、横浜の◯◯の交差点近くに赤いタンクのバイクが停めてあったレストランがあったんですけど、いきなりなくなっちゃって……
「ああ、そこ、僕らがやってた店です」「その後、マドリッドの大使公邸の料理長になっちゃったんです」
――ええええ!?
というわけで、スペインから帰国後、しばらく別の場所で2軒のレストランをやり、今年、コロナ禍のなか、大倉山に新たな店を開いた、というわけなのであった――
さてさて、できあがった二皿だけれど、もう、これが鳥肌ものの旨さなのであった。
ホタテは、焼き目こんがりの直角なエッジとは裏腹に身は、しっかりと歯応えがありながら旨みがまるで海からそのままやってきたかのようにつまっている。身のほどけかたは、花束のリボンを解いたときのように鮮やか。ソースは、同じホタテのヒモから煮出した、ホタテのいい香りだけをコンセントレートにしたような濃厚さ。さりながら、舌にのせた瞬間満ち潮になったかと思うとのどをすぎるとすぐに引き潮になるような、濃厚とアッサリがシーソーで遊ぶかのような愉快な味わいなのである。間にセップ茸をいただくと、こちらも独特な香気がたまらない。この香りで目先が変わり、次のホタテの一口がさらにコク深くなる。こんなホタテ料理、100皿はいける。
チキンもすごい。まるでウエハースのようにパリっと焼き上がった美しい皮に、ナイフをいれると、パリっという音からむにゅっという柔らかな肉の感触に変わる。この重層的な触感でもって、もはや抵抗できないな、と覚悟させる。そのうえで、口に運んだ一口目。みずみずしさと香ばしさが舌の上で二人三脚をすると、鶏とは、かくも旨かったのかとあらためて思い知らされるのだ。そしてソース! ビネガーとバターのみで仕上げたというソレは、酸味をとばしてなお微かに感じる酸味とバターの濃厚な旨みと甘さが至妙。鶏全体をくるんでしまう包容力があって、鶏のすみずみの旨さまで引き出す。こんな料理なら100羽分は食べられる。
「外国に行くたびに、山ほど道具を買ってくるんですけど、そのたびに、飛行場のX線検査で怪しまれるんですよ」
と笑う榎本さん。数多の道具を使いこなす姿、もとい魔法の杖たるフライパンを何本も操る様子は、たしかに魔法使いのようだ――いや、実は、前々から榎本さんが料理をしているのを見ていると『千と千尋と神隠し』の釜爺をふっと思い出してしまうのである。あの映画で一番カッコいいキャラだけど、人間じゃなかった、すみません。そんな話をしようと思うなか、榎本さんのフライパン談義は怒涛のように続くのでった。
「こないだフライパンの柄が具合が悪くなってしまって、方々探し回っていたら蒲田の町工場で溶接の上手な人がいて……」
あくなき探究心とマニアックなほどに突き詰めるアティチュード。もしも魔法使いが実在するなら、きっと、こういう人である。で、僕はまた、何度でも、魔法をかけられに、彼の店に行くのだ。
文:加藤ジャンプ 写真:岡本寿