dancyu11月号「真っ当な酒場」特集から始まった新連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介していきます。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます!本誌連載と併せてお楽しみください。
上菓子屋「岬屋」は住宅街の一角にある。間口は狭く、目立つ店構えではないが、季節ごとに付け替えられるのれんと、趣のある看板が目印だ。
8月に入ると、「今年の栗蒸し羊羹はいつからか」と問い合わせが入るという。みんなが待ち望んでいる、岬屋の代名詞ともいえる秋の味。
「生の栗からつくるところは、そうないんじゃないかな」と主人の渡辺好樹(よしき)さん。なにしろ、蜜栗づくりだけで丸2日はかかるのだ。この栗仕事が、栗蒸し羊羹の味の要。岬屋の栗蒸し羊羹を食べると、栗のおいしさと、やわらかな生地との一体感に驚かされる。
“栗蒸し羊羹”は、小豆の餡に小麦粉を練りこんだ生地を、蜜漬けの栗とともに竹皮で包んで蒸し上げてつくる。“羊羹”といっても、日持ちのしない生菓子だ。予約数に合わせながら(栗蒸し羊羹は予約制でつくっている)、新鮮な栗を毎日仕込み、蜜栗を完成させていく。その丁寧な仕事を見ていこう。
主役の栗はむき栗の状態で店に届く。生産農家が、その日の夕方までにむいたものだ。氷水に漬けた状態で夜中のうちに材料屋に運ばれ、大きさや欠け、シミの有無などをさらにチェックして選別後、すぐに岬屋に届けられる。
「冷蔵庫に入れてしまったら栗のデンプンが老化してしまうからだめ。冷やしすぎないように氷水に漬けながら運ぶ。これは昔から変わらないね」
栗蒸し羊羹用の“蜜栗”には、丸く欠けのない、大きさの揃ったきれいなものが選ばれる。届いたら、すぐに下ゆで。
「栗はすぐに発酵するから、皮をむいてからは時間が勝負なの。特に9月の暑さの残る時季は気を使います。到着して2時間もたつと色も変わってしまうから、朝早くても、とにかく届いたらすぐにゆで始める」
ゆでる際には、みょうばんを入れる。渋抜き(アク抜き)と色どめのためだ。沸騰して、ぶくぶくと出てきた泡が鍋からこぼれそうになったらアク抜き完了。湯を捨て、新しい水にしてさらにゆでる。
「みょうばんの使い方が大事なの。色が変わらないように、みょうばん水に漬けて輸送するところもあるけど、あまり長く浸けておくとみょうばんの香りがついてしまうと思うから、うちでは最初の下ゆでだけに使って、すぐに水を替えてゆでるようにしています」
昔ながらのやり方は大事。そのうえで、この作業は何のためか、必要なのかと考える、そういう工夫が積み重ねられている。
ちなみに、栗の入った円柱状のカゴは特注品なのだとか。鍋にすっぽりはまる大きさで、カゴごと寸胴鍋で煮る。ゆでていくうちに、栗が少し小さくなり、ふたが下がって落し葢になるのもポイント。
「1年のうち、ほぼ2か月しか使わない道具なんだけど、このカゴが大事な仕事をします。カゴの中で動かないようにすることで割れが防げるし、じっくり火が通っていいゆで加減になる」
中心が硬いと蜜を吸わないし、やわらかいとくずれてしまうから、栗の外側はしっかりしていて中がやわらかいのが理想だ。
下ゆでした栗は、一番蜜に漬けて一晩おく。ここまでが初日の作業。翌日、栗をいったん引き上げ、さらに上白糖を足して濃度を上げた二番蜜に漬けてもう一晩おく。
「素材との相性を考えると、和菓子は上白糖が一番いいと思うから、蜜は上白糖と水だけで。水あめなどは使いません。蜜でぐつぐつ煮ていくわけではなく、温めた蜜にゆっくり含ませるほうが味もいい」。蜜に漬けているうちに栗の水分が抜けて、浸透圧で蜜が栗に入っていくのだ。だから、2日間、2段階に分けて、濃度の違う蜜に漬ける。蜜栗がいったん完成したら、残った蜜を調整して、新しい栗のための一番蜜にする。栗のシーズンが終わるまでそれを繰り返していく。
「10月に入ると蜜に栗の味が回って、蜜の味が練れてくる。焼き鳥のタレのようなもんだね。栗の味もまろやかになっていくよ」
栗自体の味わいも、時季と産地で変わっていくから、10月中旬の栗が一番いい。「栗の色がこっくりしてきて、仕上がりの風合いも変わってきます」。栗蒸し羊羹のシーズン始めの9月に買い求めて、10月にもう一度、と時期をずらして予約をする常連さんも多いそう。
さてさて、2日かけて蜜栗のでき上がり、3日目は蒸し上げの作業となる。
蒸し羊羹の生地になる、餡と小麦粉を練り込む際に、栗の風味が移った蜜も加える。「こうすると、生地に粘りが出るし、栗とのなじみもよくなります。一体になるんです」。餡の硬さは、日によって少しずつ違うから、その微妙な違いを栗の蜜で調整していく。
「最後に、ぽとり、と餡が垂れるくらいがよし。後は蒸すことで味が完成します。手間はかかるけど、1本ずつ竹皮に包んで蒸すと香りがいい」
ついに、蜜栗を入れて竹皮に包んで蒸し上げる。
「餡6割、栗4割。うちの栗蒸し羊羹は、どこを切っても栗が出てくるからね」
ほぼ半分がこの大切な蜜栗。時間と手間をかけたぜいたくな味、ぜひお試しを。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子 器:三谷龍二