21世紀のワイン造りには多くの変化があった。地球温暖化、サステナビリティ、手法の変化、造り手の国際化。時代の変遷と共にワインの味わいが変われば、料理との相性も当然変わる。これからのマリアージュに、常識は通用しないのかもしれない。
ワインと料理のペアリングは昨今、日本のレストランで大流行している。2000年、世界最優秀ソムリエに輝いたフランス人のフィリップ・フォール=ブラックは、ワインと料理のマリアージュをテーマにした著書のなかで、こう語っている。
「北欧や北米では、ワインだけを単体で飲む習慣があります。でも、私たちフランス人は伝統的に、ワインは必ず料理とともにあります。その時間を喜びとするためには、ぜひとも両方が必要なのです」
たとえばバーなどでワインをひとりで飲むという行為も、フランスには慣習的になかった。ワインとは、だれかとわかちあう飲み物であるという意識が、フランス人の精神の基底には横たわっている。では、ひとりのときはなにを飲むかといえば、その多くはビールだ。
それでもパリなどの都市部では、バーでたったひとりワインを飲むアメリカ的文化が、少しずつ普及し始めている。
では、どの料理にどのワインを合わせればいいのだろう。その概念も、必ずしも固定化しているわけではない。時代とともに変遷を見せている。
その最たるものが、フロマージュだろう。フロマージュには赤ワイン、というのがフランスでも長いあいだ定説とされていた。けれど数年前から、フロマージュには白ワインがむしろ合う、と多くのソムリエやワイン生産者が語りはじめた。
ボルドーのシャトー・ジンコの当主である百合草梨紗さん宅では、トマトモツッアレラとともに白ワインの「ジーバイジンコ」が供された。こういった前菜に限らず、食後のフロマージュにも白ワインを合わせる人が、いま増えている。
赤ワインには、渋みの要素であるタンニンが内包されている。それを形で表せば、四角形のようにごつごつとしたものだ。けれど発酵食品であるフロマージュの味わいは丸形であり、しかも柔らかいテクスチャー。ごつごつしたタンニンと乳製品の丸みは口内ではむしろ対極的な要素なのだ。
さらには、魚と白ワイン、という定説も崩れつつある。魚貝料理とワインを同時に口にすると、生臭さを感じる経験を持つ人は、決して少なくないのではないか。ボルドーは大西洋にほど近く、牡蠣や貝類、ヤツメウナギなどをよく食す。とりわけ味わいの重心の低い貝類、土の匂いのあるヤツメウナギであれば、軽めの赤ワインが好相性だ。
そして昨今は、甘口ワインにも変化の兆しが現れ始めている。ボルドーの甘口ワインの代表格であるソーテルヌは、従来は食後酒としてのイメージが強かった。しかし近年は、食中酒として広がりを見せている。
まず、生ハムなど塩味のある肉加工品とはまんべんなく寄り添う。たとえば「生ハムメロン」といった塩味と甘みのマッチングはもはや定番であり、その果物の代わりに糖分を含有したソーテルヌを飲むといった形だ。
それだけではない。メインの肉料理にも抜群の相性だと、ソーテルヌのシャトー・ギローが経営するレストラン「LA CHAPELLEラ・シャペル」で働くソムリエは語った。
「ソーテルヌは酒質がしっかりしているので白系の肉、たとえば鶏肉や豚肉料理に十分対峙します。貴腐菌の恩恵により、パッションフルーツなどのエキゾチックな香りが混じっているので、ソースに少しオリエンタルなスパイスなどを加えていくとワインの香りとも調和しますね」
そのペアリングを実際に味わってみた。ワインと料理の両者が互いに高めあい、まったく新たな味覚を創出する。口福な関係性が、そこには存在していた。
――おわり。
文:鳥海美奈子 写真:Mathieu Anglada